医者として、患者さんが立ち直っていく姿を見るのはうれしいことです。
医療の現場でも見ることができます。
しかし精神疾患という、生活のしづらさをかかえる病を持つ人達は、生活の場でつまずき挫折し再燃したり、障害を持ったままひとり悩んでいる場合も多いでしょう。
そういった状況の中でお互い助け合い、近年注目されてきた「自助活動」で見事に立ち直った人たちの姿を見ると心が動かされます。



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自助グループ

 私はいろいろな所で、自助グループにつながり参加して、「この人は手に負えないな」と以前思った人が回復している姿を見て、勇気づけられ思ったものです。「孤立せず助け合えば、回復できるのだ」と。
 
A.A.(アルコール無名者の会)

 私は医者になった頃からアルコール依存症に興味がありました。断酒会という会では割と多くの人達が集まり断酒に成功している事実や、A.A.(Alcoholies Anonymus=アルコール症無名者の会)の(昭和63年にはA.A.グループの)石川県での始動も知りました。ここでの1周年のオープン・スピーカーズ・ミーティングでは関係者のスピーカーとして参加し、勉強したてではありましたが自分なりに理解した「アルコール依存症」についてお話させて頂きました。その時には今これほど自助グループの人達に出合い、深く関わることになろうとは思いませんでしたが。
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消費者自助センター(カリフォルニア州サクラメント市)

 1991年(平成3年)にこの精神医療の消費者自助センターを訪れたときは、統合失調症などの一般精神障害者の自助活動を見て驚きました。日本で見かけるのと同じ弛緩した表情で頼りなげな慢性の分裂病患者さん達が、自分達の組織をどう運営するかの話し合いとなると途端に真摯な表情となり、現実的で建設的な議論を始めたからです。こういう場があれば日本人の統合失調症の人達にだって出来るはずだと思いました。そのセンターでは回復した患者さんがスタッフとなり、自分達の健康を守り再発を予防するために薬のこと・ストレスへの対処法・男女関係のこと・怒りのコントロール法などの講義をしたり、野球見物や食事会などの企画をしていました。

世界精神保健連盟の世界会議(メキシコシティー)                                   

 91年、消費者自助センターの次に参加したこの会議の運営に精神疾患の回復者が関わり、会議の場でも堂々と発言されている姿にまた驚きました。日本の精神疾患の回復者の方の参加もあり、日本での当事者活動を活発にし世界の仲間と連携しようとされていました。その後日本に帰ってから、すでに一般精神障害の方々のグループがあちこちにあり多くの仲間達で助け合いをしている事を初めて知ったのです。 
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麦の郷(社会参加施設群・和歌山市)

 ここを見学した時、さる精神医学の御大が「自分が出来なかったこと(精神障害者の回復・社会参加)が、ここでは専門家以外の人達の手で成し遂げられている。」と感動し大粒の涙を流されたと聞き、私も泣いてしまいました。現在このような自助活動の動きは作業所やデイケア施設を核として、全国に沸き起こっているといってよいでしょう。

ヘイゼルデン(アルコール・薬物依存症治療施設・ミネソタ州)
 さらに私に自助活動の偉大さを教えたのは、1993年、94年のヘイゼルデンを訪れたツアーでした。ヘイゼルデンは世界的に有名な治療施設ですが、何とスタッフの85%が回復者なのです。自分の経験に基づいた指導をするわけですから説得力があります。そこではA.A.の「12ステップ」に沿った回復を中心に教えてくれました。
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あるアメリカ人女性の歩んだ12ステップ

 93年のツアー中に施設外で行われたA.A.のオープン・スピーカーズ・ミーティングで、40代女性による彼女自身の歩んだ12ステップの話がありました。
 波乱万丈の人生が語られ、アメリカの法廷劇を見ているような彼女の弁には説得力・表現力があり、聴衆は彼女の言葉にあるときは笑い、あるときは涙を流していました。
 そして彼女が「自分の《ステップ12》は《Life》!」と叫んだとき、私は雷に打たれたように感動し、翌年のツアーにも参加することを決意していました。
 彼女のスピーチには、ヘイゼルデンで習ったステップのことや女性の依存症者の心理的特徴のキーワードがすべて入っていました。依存症の回復についての生きた教科書だったのです。
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2度目のヘイゼルデンツアー(自分自身の中の発見)

 ヘイゼルデンツアーは不思議なことが起こります。94年は93年のA.A.の感動が味わえず(日本人が大勢で押しかけては自分達のミーティングができないと見学を断られた為)、それではと日本人参加者でA.A.流のミーティングをしようということになったのです。参加者の中にはA.A.、N.A.(Narcotics Anonymus 薬物依存症無名者の会)のメンバーに加え、精神医療・保健の関係者も数人いました。
 それぞれが自分自身の話をしていき、次が私の番という時に不思議なことが起こりました。「何故自分はアメリカのミネソタの田舎に2回も来たのか」ということの理由がひらめいたのです。・・・・自分の身内にアルコール問題を持っていた人がいる!だから私はここにいる!・・・・びっくりして涙が出てきました。そうだったのか・・・・
 その後、いろいろな問題や悩みを話しているうちに感極まり泣き出してしまう若い女性もいました。
・・・私はこのミーティングに出るためにアメリカに来たのだと、その時わかりました。・・・・自分にもいろいろ問題がある。ただまだアルコール・薬物依存症には至っていないだけだと。・・・・
 このヘイゼルデンツアー以来、自助グループの人達とはすっかり友人となりました。彼らに病気のことや回復のことについて色々教えてもらったりグループに加わったりして、自分の生きかたについても考える機会を得ました。
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3度目のヘイゼルデン(人種を超えての交流)

 1999年、ツアーも3度目となりました。途中立ち寄ったニューメキシコでN.A.ミーティングに参加した時にまた信じられないことが起こりました。
 本場アメリカのN.A.ミーティングに対して興味津津の一方で「こわいのでは」という偏見もあり、内心びくびくしながら日本からのN.A.仲間7人とミーティング場の教会に向かいました。
 そこで米英人と日本人メンバーの正直な気持ちの交流があり、徐々に回復をもたらすすごい場なのだと、皆が団結していったのです。
 最後に「Welcome!Welcome!」と抱き合い、握手をして散会となった後、我々の宿泊先のホテルでインターナショナルミーティング(アメリカ・日本・イギリス)を開こうという流れとなり、大挙移動のあとはお互いの話に花が咲きました。
 そして「またアメリカに来い。招待する」「日本でも太平洋地区のコンベンションを開くのでアメリカからも参加してくれ」という話も出て最後はアルコール・薬物抜きのどんちゃん騒ぎ、と信じられない展開となりました。
 難しいと思われていた薬物依存症者の回復の姿を実際に見聞し、その素晴らしい友情・助け合う姿に感激しました。
 我々医療者の大きな役割の一つは、このような相互扶助活動・自助活動を悩める人々に紹介し、支えていくことだと思っています。
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「べてるの家」との出会い


確か昭和63年(1988年)のアルコール関連問題研究会(現在の日本アルコール関連問題学会)で北海道の浦河赤十字病院から来ていた川村敏明先生に出会い、浦河ではアルコール依存症者もいるが、統合失調症の人たちが主なメンバーであるグループが商売を始めたり、町の商工会の人たちと協力して事業をし始めて全く信じられないことになっていると苦笑しながらしみじみと語ってくれました。当時はべてるは全国的には知られていませんでしたが、さすが北海道はアメリカに似て新しいことが起きているんだと思っていました。
それからしばらくして東京のビデオ製作会社がべてるの家を取材した「ベリー・オーディナリー・ピープル」シリーズが世に出て、小松の作業所の方にダビングしてもらい、見ちゃったのです。そこには新しい世界が開けていました。たまたま精神障害になった人たちが助け合い、普通に生活している姿がユーモラスに映し出されていたのです。統合失調症の女性が看護学生に「もっとちゃんと面接しなくちゃだめよ」と指導しているのです。「人が助け合って生きるって素晴らしい」と思わず言いたくなるような場面がちりばめられていました。でもそれは問題が多いことと表裏一体になっているのですが。人が生きるとは問題や悩みが多いものです。それを正直に向き合い、話し合い、悩み・考えて支え合っていくという当たり前のことを教えてくれているのです。
 石川県で精神科医有志が社会復帰勉強会を組織していたときに、べてるの家の話を聴こうということになり、川村先生とべてるの家の販売部長である早坂潔さんに平成8年ごろだったか金沢に来てもらい、話をしてもらいました。それから作業所家族会がまた呼び、小松の作業所メンバーがべてるを訪問したりして、現在では小松で浦河の昆布が販売されるまでになりました。
 平成10年台に入るとべてるは商売がさらにうまくなったようです。まずびっくりしたのは「精神分裂病を生きる」ビデオシリーズ10巻です。病気の症状であると忌み嫌われていたものが、実はみんなで語り合うとこんなに豊かなものだったのかとびっくり仰天したものです。その後もべてるはヒット作を出し続けます。書籍の『べてるの家の「非」援助論』、「べてるの家の当事者研究」です。これが生きることなんだと教えてくれます。そしてビデオシリーズの真打が「当事者研究」で、本の真打が「安心して絶望できる人生」(NHK出版、2006年)です。特に本の中の人間アレルギー症候群の記述は圧巻です。人の顔色・評価ばかり気になる人やリストカット、自己破壊的な行動をして苦しんでいる人たちにはぜひ読んでいただきたい。べてるの家のHPも見て下さい。すごいとしかいいようがありません。ぼくは完全なべてらーになってしまいました
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