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あかべこ日記洛北編「花背の天然伏条台杉」

平成拾年師走
ベベパパこと森みゃお記す(ベベパパとは?ページの終わりに答えがあります)

<その1.京へ>

 およそ1年ぶりであろうか、京都に帰ってきた。
前日は大型アメリカンバイク
のツーリングで福島のいわきまで1泊2日600キロほどの寒中走行をしてきたばかりなのだ。総勢4名の黒装束集団が寒さに打ち震えながら走る様は端から見ると物好きとしか思えないであろう。事実、心からバイクで走るのが好きだから敢えて寒い中を走っているのだ。心情としては過酷な試練に立ち向かって武勇を示すドン・キホーテのような誇大妄想があるのかもしれない。そんな男が翌日には昼まで会社勤めをして、その後荷物満載のあかべこにうち跨り高速道路の風となるのだ。丁度昼に出発して7時間、途中1時間ほどの寄り道でタイムロスはあったが、
巨大バイクに荷物満載の着膨れした巨体のライダー
はなんとか京都の実家に無事辿り着いた、・・・筈だった。

気の弛みとは恐ろしいものだ。着膨れて動きにくい状態に加え寒さで凍え固まり暗闇も手伝ったのだろう、道の真ん中で止まった時になぜか右側に傾き始め、シートに正座状態のままコテンと倒れてしまった。右足を出そうという気力もなかったようだ。「カッシャーン!」と何かが割れて壊れる音が耳に入ってきた。

れ、やっちまった。ひょいと倒れたバイクを引き起こし、確かにひょいと起きてしまったのだが、エンジンをかけ直してライトの反射で見えたのはブランと垂れ下がる右ウインカーのコード。根元からポッキリ折れてしまっていた。
明くる日、予定では花背の巨大杉に会いに行くつもりだったのが、ウインカーの修理で駆け回る羽目になってしまった。年末でもあり、店仕舞いの慌ただしい中、京都伏見のBMWのディーラーに持ち込んだ。「ウインカー」とばかり思っていた名称が正しくは「フラッシャー」とのこと。脳細胞のメモリーチップに記録しておこう。ひとこけが高くつくモノであることも。

<その2.若き日の残像>

ベベパパあかべこに打ち跨る その日の午後は、我が青春の残像を追い求めて街中を駆けめぐった。しかし、30年近い年月の流れは過去の痕跡を削り取ってしまっていた。仲良しだった友達の家は跡形も無く全く別の建物や駐車場などに変貌し、久しぶりに訪れた過去の記憶を引きずる男をよそ者扱いするかのようだ。一抹の寂寥感が過ぎる。見覚えの有る床屋、のぞき込むとかすかに面影の残る長い顔の中年の親父が客の頭を刈っている。同級生だった彼奴が跡を継いでいるのだった。高校の時に通っていた学習塾。当時は瀟洒なビルだったが今は草臥れて薄汚れた人気の無い様子で、入り口の上に「○○学園」という文字を外した跡が寂しく汚れた影を残している。高校の授業を抜け出して、よく入り浸っていた喫茶店、日課のように通っていたビリヤード場、1ゲームだけをいかに最短時間で終えるかを競ったものだ。腹を空かしては大盛りで食べていた食堂、グラウンドで野球をしていて打った球でガラスを割ってしまった隣接の幼稚園、鬼ごっこをして逃げ回るときに乗り越えた人家の塀、降りた拍子に踏み抜いた植木の棚や壊した鉢植え、それらすべてが全く異なった姿となって現存する「今」という時の向こう側に回想シーンとしてオーバーラップする。そして、そのシーンの中にひょろりとした少年が生き生きと動き回っているのが見て取れる。そんな低いボールを打つから幼稚園の方に行くんだ。あの時、あのボールを見逃していればガラスを割らずに済んだものを・・。そんな塀を乗り越えなくても、あっちの物陰に隠れていれば鉢植えや棚を壊さずに済んだのに・・。男が思わず声を掛けても、時空の向こうにいる少年の耳には届かない。

 夜、鴨川の畔を自転車で走っている少年が見える。友達としゃべりながら走っているが、その先は小さな滝のところで崖になっているのだ。
道が途切れている
のだ。
「危ない!」と叫ぶ間もなく自転車もろとも頭の方から転落してしまっ
た。
「ダンナ、大丈夫か?!」
「・・・・あは、あは・・道が・・あらへんかっ
た・・・」
間抜けな返事を暗い崖下から返している。
当時の少年のニックネーム
が「ダンナ」だった。そのダンナは3mの崖下に転落したにも拘わらずかすり傷一つ負わずに元の道に生還した。幸いなことに下が砂地で肩から回転しながら落ちたらしく、柔道の受け身のような体勢になっていたようだ。もう少し左に寄って走っていれば落ちずに済んだのに・・・。

 子供の頃から通い慣れた道や路地裏、いつも何か買うでもなく入り浸っていた文房具屋や金物屋、お使いによく行かされた和菓子屋やお茶屋、当時はもっと広く大きく華やかに見えていた街の風景が、中年となった男の目にはやけにせせこましく小さく貧相に見えてしまう。中に居る老けた店主、あのころは若くて綺麗だった女将さん、時の流れの中に男はそれらの老いた街の顔を見出してしまった。そして店のガラスに映る顔も街の顔と同じように。

<その3.旧友>

 当時の仲間に会えないものかと電話帳を繰る。あった!「統」と書いて「はじめ」と読む。そんな奴はアイツしかいない。早速電話を掛けてみる。最初は奥さんらしい人が出て、いきなり高校時代の友人ですと名乗る男に戸惑ったようだ。
電話の向こうで訝しげな様子が窺える。そのうち電話に出る声が老けてはいるが、確かにアイツの声だ。お互いに相手の確認ができた時、そこには言葉とも呻き声ともつかない高校の時のままの阿吽の会話があった。それは殆ど母音のメロディだけの会話である。

oo,oaea,anja,oae,aiione」(おお、お前か、なんやお前、なにしとんね)

しばし懐かしい懐かしいの言葉の応酬の後、すぐにでも会おうということになり、15分でバイクを飛ばすことになった。京都は狭い街である。端から端まで30分はかからない。何しろ東の果ての家から西の果ての家まで見て通せる距離なのだから。すぐに分かると思ったら大間違いだった。上立売通りで待つとは言ったものの、何しろ30年ぶりなのだ。お互いの変貌振りは知る由もない。何度も同じ道を徘徊したあげくに、訝しげに頸を傾げながら二人のオヤジは徐々に近づき、

「ええっ??お前か??」
「なにい??お前か??」
「・・・・」

「・・・」

『フ・ケ・タ・ナ・ア』と唱和する。
近くの喫茶店に入り込み、コー
ヒーをすすりながら昔話に華が咲く。

アイツは今や医学博士になり府立医大で教鞭もとるらしいが、目の前に居るアイツは見かけは白髪混じりの中年でも心境は高校生の時にフィードバックしているようだ。お互い昔の記憶の引き出しを引っぱり出しては夢中でぶちまけ会う。次から次へと過去の記憶のショウタイムだ。空になったコーヒーカップを前に夢中でしゃべっている中年オヤジ二人組に喫茶店の店主があまり嬉しそうでない視線を送る。話は尽きないが仕方がない。ええ加減にせんかいという視線に追い出されるかのように二人は店を出た。とことこ歩いてアイツの家まで来ると、奥さんと子供が出迎えてきた。車でどこかに行っていたらしい。

「先ほどは電話で失礼
しました。」
「いえいえ、こちらこそいきなり済みませんでした。なにしろ京都
で唯一連絡のとれる悪友を電話帳で見つけたもので、嬉しくなって30年振りに電話してみたんです。」

なかなか美人の奥さんだ。アイツにはちょっともったい
ない。但し夕暮れ時だったが・・・。

<その4.巨大杉の山>

 老人の朝は早い。いや、サラリーマンの朝は早い。日頃の習慣からどんなに遅く寝ても、たとえ休みの日でも、7時には目が覚めてしまう。それから寝ようにも目が冴えて眠るのが苦痛になってしまう。その日、インターネットで知り合った若者と花背の天然伏条台杉を見に行くことになっていた。バイクのホームページにいつも書き込みをしている仲間で、彼が京都在住ということを知り、山に巨大杉を見に行こうと誘ったら是非同行したいと返事があったのだ。インターネット上だけのやりとりで全くの見ず知らずの人間と一緒に山に登ろうと言うのだから、待ち合わせ場所で行き会った二人の挨拶は当然「初めまして・・」だった。目の前のコンビニで早速食料と飲み物を買い込み、そそくさと走り出す。彼のバイクは黒の「エフベベ」で、四国で転倒したときの傷が修理の痘痕となって残っていて、本人結構気にしているようだ。

 大杉上賀茂神社を抜け鞍馬を通って花背の峠の曲がりくねった道を走る。前もって仕入れていた情報はというと、「赤い吊り橋と材木工場の横の林道、赤い岩とリボンを結んだ杉」だけなのだ。実に大ざっぱといえば大ざっぱだ。少し迷いながらも何とか赤い吊り橋を発見した。林道まではバイクで入り込めるかと思っていたのだが、今にも底板が抜けそうな吊り橋なので近くの道ばたにバイクを置きザックを背負って歩き出した。相棒の彼も高い所は苦手らしく、由良川の源流に架かるその赤い吊り橋を二人してへっぴり腰で渡りきったのだった。材木工場のお兄さんに道を尋ねるとすぐ横の林道を行けば良いとのこと。いざ行かんと踏み出したのはほんの束の間、切り落とした灌木が道いっぱいに広がり思うように前に進めない。濡れた生木や苔に足を滑らせたり、細かい枝に挟まって尻餅をついたり、太い木っ端に乗ったとたんゴロンと転がってもんどり打ってすっころぶ。4,500mほど進むのに小一時間はかかってしまった。当のオジンはゼイゼイハアハア息を切らして休み休み進むのに対し、当の若き御仁は息も切らさず元気いっぱいなのだ。やがて、道の左手の岩に赤いペイントのマーキングがあり、右手の細い杉の枝に赤いリボンが結んであるのが見えた。どうやら其処が巨大杉のある尾根への登り口らしい。

ここらは京都北山杉の本場なのだ。人
工植林されまっすぐ伸びた杉の中にそんな2千年3千年の杉が有るのかと疑ってしまう。オジンの方は着膨れしていて動きにくい為、その赤い岩のところでオーバーパンツを脱ぎ捨て、赤い帽子とともに岩の上に置いた。さあ、いざゆかん花背の天然伏条台杉の元へ。二人は林道からそれた杉林の中に踏み込んだのだった。

 100mほど入り込んだところで道らしきものはなくなり、所々に結びつけてある赤いリボンと赤いペイントを目印に進むことを余儀なくされる。しかも斜度45度近い急坂が遙か上方に続いており、頂上など臨むべくもない。笹や灌木の枝を手がかりに重い体を引き上げる。この時ほど95キロの体重を呪ったことはない。普段の運動不足が諸に足腰と心臓にプレッシャーを掛ける。10歩すすんでは5分休憩。5m登っては5分休憩。ゼエゼエハアハアヒイヒイフェエフェエとオジンがヘロヘロになっているのに、若者はニコニコしながら上の方で待っている。ああ、若いって素晴らしい、若いって羨ましい、若いって恨めしい。

「お
ーい、置いてかないでぇー、あんたは足の速いウサギさん、わたしは老いたカメさんなんだよー。」
「じゃあ、そのうちボクは抜かれるんですかねぇ。」
「寝な
けりゃええじゃんよ。ゼエゼエハアハア、アッツゥーい・・・!」

と汗だくにな
ったカメさんは甲羅を脱ぐ代わりに厚いライダーブルゾンを脱いで側の木の枝に掛ける。天女の羽衣ならぬカメの甲羅干しなのか。

「そのうち段々着衣を脱いで
いっていけば、最後はパンツ一丁で頂上制覇かもね。」
「なんだかだだっ子が服
を脱ぎ散らかしてるみたいですね。」

花脊台杉口の減らない若僧だこと・・。でも、事実
そう見えるのが悔しいオジンであった。

 更に登ること小一時間、休み休みなので距離としては大した所まで来てはいないはずなのだが、地図によると一応標高は800mほどにある。ふと周囲に目を遣るとなんだか太い捩れた木の残骸があちこちに見える。更に気がついたことは北山杉の本場であるはずなのに杉の若木が見あたらない。いずれもクヌギ、ミズナラ、コナラ、モチノキ、クロモジ、ツゲなど照葉樹や広葉樹などの雑木林になっていた。そして、その太い杉の木の残骸の中途から別の照葉樹が何本も着床して枝を伸ばしている。あたかも杉の大家さんに間借りする店子の風情だ。途中の枝に前に登った人が忘れたのか帽子と手袋が掛けてある。手袋は忘れないでもらいたいものだ。何せ小枝や笹の枝を掴むと手の平が痛くてたまらない。そうこうしているうちになだらかな所に出た。そして前方に巨大な杉を発見したのだ。

お、凄いと感嘆していると、若者がボクマッチ箱代わりになってきますと軽い足取りでその巨大杉の根元の方に駆け寄っていった。人と比べるとその巨大さが益々明らかになる。早速ビデオに収めようとカメラを構えて奥の方にレンズを向け周囲の環境を入れた時、見開いていた目が瞬きを忘れてしまった。何と木立の黒い影だと思っていたのが一本の巨大な杉だったのだ。

「ウグェエアアァ!?」


と声にならない叫び声をあげてその黒い影に駆け寄った。
それは何本もの杉の集
まりと思えたのが実は根元から枝分かれした一本の巨大な杉だったのだ。一方の方から見ると確かに幅広いのだが、ただ、回り込むと薄っぺらい印象を持つ。しかし、それは遠目に見ればの話で、側で見るその巨大さには圧倒されるものがある。若者に寝そべってもらって170cmの身長から全体の大きさを目測するに、周囲およそ20mはあろうか。巨大な扇、いや、根元にいる若者を入れ込むと、巨大な観音様の掌に遊ぶ孫悟空といった風情か。

更に周囲に目を遣ると、あるわあるわ右にも左にも奥にも下にも急な斜面に踏ん張るようにねじ曲がった捩れた巨大な枝を振りかざした更に更に巨大な杉達が、ほんのちょっとの山の斜面に巨大な群を形成しているのだ。彼らはなぜこんな所にこれほどの大きさをもって屹立しているのか? 実測してはいないが、本当におよそ200m四方の山の斜面にだけ何千年もの間、巨大な歪な姿の杉の群は存在してきたのだ。その姿はこれまでの杉の印象である真っ直ぐ天に向かって伸びたそれではなく、それこそ巨大な盆栽の如く歪に捩れ曲がり膨れひねくれて仕立て上がっている。天然の盆栽、天然伏条台杉なのである。
あるものは狂おしく何
本もの腕を天に向かって突き上げているかの如く、あるものは前衛舞踊を舞う集団の如く、
あるものは巨大な壺の中から何本もの槍を天に突き上げているかの如
く、
あるものは巨大な弁慶が全身に矢や槍が刺さって立ち往生しているが如く、
あるものは巨大な野武士同士が抱き会い幾本もの矢を受けて悲壮な最期を遂げているが如く、
なんだか一本一本の巨大な杉が歴史の怨念を顕わしているかの如く
に見えた。

花脊台杉とバイク仲間そんな巨大杉の群は、少し歩を進めて尾根を行くと忽然と消え失せてしまう。実にその山の斜面のごく一部にだけ群生しているのだ。しかも、その杉のある尾根から見下ろすと麓に人家が見え、最近まで世に知られていなかったのが不思議な位だ。確かに遠目に見ると例え巨大な木であっても小さく見えるが、大きさというものは比較対照する物があっての大きさの認識であるから、全部の木が同じように巨大ならば全体として見ると大きいかどうか判断出来ないのは当然のことか。

昼近くにもなったことだから買ってきた食料を消費しようと木陰に腰を下ろしたのだが、如何せん途中で着ている物を脱ぎ置き薄着になっている上汗だくになっていたために、吹き付ける冷たい風によって体温がどんどん低下し始めた。がたがた震えながらおにぎりを頬張っていると、遙か彼方から黒い雲が押し寄せて来る。しかも、上空からなにやら白いものがチラチラ降ってきた。

「雪だ! や
ばい、早く降りよう!」

二人は慌てて身支度をして転がるように斜面を下りだし
た。若者の方は軽やかに駆け下りる反面、所々で軽やかに滑って転んでいた。登る時には余り分からなかったが、下る段になってその斜面の急勾配に改めて恐怖を感じてしまう。登りに比べ下りの行程は時間的には早くとも膝や腿に掛かる負担は並大抵のものではない。特に95キロの体重を諸に受ける膝は途中からゲラゲラと大笑いを始め、麓の赤いペイントの岩まで来たときには、両の膝小僧が満面の笑みを浮かべていた。地面にへたばったまま立ち上がることもままならない。一方の若者はと言うとこちらも満面の笑みを浮かべ、平気な顔をしている。息も切らしていない。久しぶりに充実した時を過ごせましたと満足げである。ああ、若さが恨めしい。おまけに、ゼエゼエハアハア喘いでいるオジンに対して

「来年の目標はダイエットですね」

と曰うた。余計なお世話である。
再び切り落とした灌木の絨毯の上を艱難辛苦で渡りきり、赤い吊り橋を渡って愛車の元に着いたとき、空からは冷たい雨が降っていた。

<その5.冷たい雨>

案に違わず雨男、京の都に氷雨落つ降水確率10%の間隙を突いて雨男の本領発揮となった。行く先々で雨雲が頭上に姿を現す。花背から更に北上して大回りしながら周山街道に走り込む。大降りでは無いにしても、バイクで走っていると冷たい雨が容赦なく全身に打ち付ける。ヘルメットの隙間から入り込んで頬を濡らし、襟元から忍び込んだ雨水が背筋を濡らす。背中の肌を伝い降りる水玉が吹き出る汗と合わさって大きな玉になった途端、綿の繊維に触れたため一瞬でその姿を消し去ってしまう。巨大な雨男の体は外も中も雨で濡れそぼっているようだ。高雄神護寺の辺りまで来たときには、既に雨は上がっていた。

 翌日、目を覚まして外を見ると、庭の木々の葉が濡れていた。夜中にかなり降ったようだが、山登りの疲れから熟睡しており気がつかなかった。そして、起きあがろうとした時、それは起こった。全く立ち上がれない。両腿の筋肉が堅く強ばり、動かすと鋭い痛みが走る。四つん這いになって動かざるを得ない。それでも手足を前後させる度に痛みで悲鳴をあげる。情けない姿に自嘲するが、それは自分のことだから許せよう。しかし、家族がその姿を見て馬鹿みたいに哄笑するのは許せない。本当に傷ついてしまった巨大な雨男のオジンであった。

正月三日の朝、あかべこにうち跨って高速道路の風となった。名古屋辺りまで雨雲が付いてきてくれて冷たい雨を降らし、別れを惜しんでくれた。そして、痛む脚を労りながらふと思い出したことがある。せっかく苦労して登ったのに、件の巨大杉の写真を余り撮っていないのだった。

春になって暖かくなればまた登ろう。今度はダイエットをして体重を落とさねば、運動して足腰を鍛えねば・・・、無理かな・・・?

ベベパパの正体とは!

本名 小森 立雄
ハンドルネーム ベベパパ
ペンネーム 森みゃお
年齢 小森耳鼻咽喉科医院院長と同学年
職業 博物館を楽しくする会に所属せしも、世の常か Riding Writer に変身
業務 毎日500キロバイク走行・主に雨中を巨木を求めてひたすら走る
時におよんで書く・かく・カク
酒 下戸なり
好物 手羽先のカラカラからゲンゲンボウのヌルヌルまで可ならざるはなし
身長 六尺四寸・源頼光の再来か・唯一腰に弱点あり・ぎっくり腰で本職を休むこと頻繁なり
友達 バイク仲間多数 最近たっちゃんパパと知り合う



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