あかべこねえさんの海老騒動 ベベパパこと森雲遊寄稿 小森耳鼻咽喉科

あかべこねえさんの海老騒動<EPISODE>

「狂い咲きフラワーロード」

平成14年卯月 ベベパパこと 森雲遊 記す

 

<暁の出撃>

 まだ太陽が東の地深く闇のシーツに包まって眠っている頃、あかべこねえさんは宵の口から続いたどんちゃん騒ぎを抜け出し、徐に薄化粧をして身繕いを整えだした。そり残しのすね毛があったが、どっちみち汚い道を走るのだからと気にしない。カメラとタオルと歯ブラシだけをバッグに放り込み、闇の支配する横浜の街を厚木方面に駆け出していった。深夜の相模川沿いの道を行くと、ライトに浮かび上がるピンクのレンゲ畑。思わずそのピンクの海に飛び込んで、ごろごろ転がりまわりたくなるが、傍目にはトドかゾウアザラシが、陸に上がってのたうち回っているとしか見えないだろう。

ピンクのレンゲ畑

ここで云っておかねばなるまい。『あかべこねえさん』とは、巨大なドイツ製バイクBMWR1100GSのことで、オカマの心を持つ赤い出で立ちの姿からそう呼んでいる。そして、いつもあかべこねえさんの腰車に乗るのは巨大幼児体型のオジサンなのだ。

「オジサン、変なこと考えちゃだめよ。レンゲ畑は少女趣味のオジサンが寝っ転がるためにあるんじゃなくて、緑肥という立派な役目があるのよ。ウマゴヤシやアブラナ、クローバーもただの雑草と思ってるかもしれないけど、ちゃんと役に立ってるんだから。」

オジサンは寝っ転がりたい衝動を抑えつつ、渋々走り続けた。尤も、暗闇の中でレンゲ畑に転がるトドの図を想像するだけで、身の毛が弥立つというものだ。

藤野の山里を抜けつつ遠く山の連なりを見遣ると、夜空のキャンバスにうっすらと稜線が描かれている。それは、太陽の光の中で萌葱色を呈し、啓蟄の頃の寝ぼけた表情を醸し出すのだが、星明かりの下では微妙な暗闇色の境界線を敷いている。秋山から都留に抜け、大月から笹子に至るあたりから、東の空にぼんやりとした黎明が訪れ始めた。そして、笹子トンネルを抜けると、そこは朝日が当たる道だった。

「ほらほら、夜桜見物に行くんじゃなかったの? もう朝になっちゃったじゃない。のんびりしてるからよ。そろそろおなかが空いた? はいはい、じゃ、いつものラーメンでも食べれば? あそこの天国ラーメン美味しいんでしょ。」

オジサンは、促されるままに甲府昭和インター傍のラーメン屋に飛び込んだ。朝5時が閉店らしく、天国ラーメンを注文して待つ間にシャッターが半分下ろされていた。昼と夜とで人が代わり、いつものおばさんではなかったが、おじさんが作る味は同じのようだ。コーンともやしとチャーシューが豚の背脂たっぷりのスープに浮かんでおり、何が天国へいかせるのか分からないまま一気に啜り込んでしまった。

早朝の甲州街道は人も車も殆ど姿が見えない。軽快に3桁の速度を維持して茅野まで走る。南アルプスを見れば白い雪峰が連なり、八ヶ岳を仰げば赤い唐松の裾野から白く雪衣が浮かび上がっている。

路傍には赤白ピンクのハナモモが咲き乱れ、ヤマブキとナノハナとタンポポが黄色い声援を送っている。ハナズオウとキクモモが濃厚なピンクの花をつければ、コバノミツバツツジが鮮やかな赤紫の花束をうち振っている。かと思えば、地面に敷き詰められたようなシバザクラが蛍光色のピンクで光り輝く。本来ならば、梅が咲いて桜が咲いて桃が咲くのが順番なのだが、今年はどうしたものか一気に全部咲き揃い、一気に全部散り終えて葉桜葉桃となってしまった。辛うじて時期の遅い高遠の小彼岸桜を期待しているものの、例年通りならばまだこれからの筈。まさに狂い咲きフラワーロードといった風情なのだ。

「オジサン、高遠に行くのはいいけど、杖突峠はかなり寒いそうよ。大丈夫? 何だかかなり薄着のようですけど・・・風邪ひいても知らないから。」

茅野から高遠に至る杖突街道に入り込むと、大きく曲がるワインディングが続く。サイドケースやステップを擦らんばかりにべったり倒し込んでコーナーをクリアしていくが、アクセルを開け続ける限り転ける気がしない。それより、ステップからはみ出した30cmの馬鹿でかい靴先の方が地面との出会いを果たしていた。日が昇っていたからか、さほど寒さは感じなかったようだ。朝6時過ぎというのに、高遠城址公園には数台の乗用車が桜見物に訪れていた。しかし、小彼岸桜はすでに散り初めており、辺り一面薄桃色の絨毯を敷き詰めた様になっていた。周辺の空き地には駐車場の立て看板が林立しており、朝9時から夜6時までという営業時間の表示があるにもかかわらず、「はい、車は700円、バイクは500円だよ。どうぞ、こっちこっち。」と、手招きするのだが、手の平が返って料金を要求している。

高遠桜

「何よ、浅ましいわねえ、人間のいやらしい欲望を見せつけられたら桜を愛でる気分になんかならないわよ。オジサン!行こう。こんな散ってしまった桜より、もっと綺麗な桜があるわよ。」

と、あかべこねえさんは憤慨して、とっとと踵を返してしまった。

以前はなかった城址公園までのループ橋を、これまたべったりと倒し込んでぐるぐるぐるぐるとかなりの速度で走り下りる。お陰で上りの時は右足が、下りの時は左足の靴先がじゅーりじゅーりじゅーりじゅーりと、地面との長い接吻を繰り返していた。そのうち穴が開きそうだ。以前付いていたトウ・スライダーという履物付属品は、とうに雪道で無くしていた。

途中の道から少し離れた山裾に、かなり大きな枝垂れ桜がたわわに花をつけていた。小さな祠のある金比羅神社だが、それを覆い隠すかのように枝垂れ桜は咲き誇っている。だれも見に訪れていないが、散ってしまった城址公園の桜よりはるかに美しい。薄いピンクの花をつけた枝が朝風にゆらりゆらりと揺らいでいる。楚々とした風情ではあるが、新緑に覆われた山裾にあってそこだけが鮮やかに際立っている。観光バスが押し寄せるような物量で咲く桜より、里の片隅でひっそりと咲く桜の方が心惹かれる。

「オジサン、あんたもロマンティストねえ。でも、見方を変えれば、ただの天の邪鬼かもよ。」

「うるへえっ!」

オジサンは何枚も写真を撮って満足した後、蹴っ飛ばすようにあかべこを発進させた。諏訪湖の南にツツジで覆われる山があるという。その山を見たさにこの5年ほど通っているのだが、いつも時期が合わず、見られず仕舞いになっていた。方角的に午前中の光に映える筈とばかりに杖突峠を駆け下りた。靴先からそのうち指が顔を出すかもしれない。

<ピンクの花山>

 諏訪大社を西に過ぎた辺りの南側の山の斜面に、一つの峰全体がミツバツツジのピンクの花で覆われるのが見られる。湖畔道路を走りながら、きょろきょろ頭を巡らせていたオジサンはちらっとピンクの山を見つけた。

「あ、あったー!」と、その遠くの山を見つめたままアクセルをぐいっと煽り速度を上げた。

「お、オジサン! 信号、信号、・・・ああ、無視しちゃったぁ、ま、お巡りさんが見ていなかったからよかったけど、ちゃんと前を見なさいよ。」

ミツバツツジの山は、遠くから見ると鮮やかなピンクに染まって映えている。だが、傍に寄って見たいと思い、その山に向かって走っていくと、近づけば近づくほど見えなくなってしまう。山頂部にだけ花が集まっているのだ。

【つつじ山 遠くにありて 愛でるもの】

「ははは、なんだかふるさとみたいね、ツツジの山って。でも、近眼乱視老眼飛蚊症の目のオジサンにはよく見えないでしょ。」

「大きなお世話だ!」

つつじ山

今年のミツバツツジのピンクのお山は際立って美しい。少し靄がかかってはいるものの、鮮やかなその花衣は、遠くから見る人々の心を和ませているようだ。道行く人も、通りかかる車の窓からも、「ほうっ」という感嘆の眼差しが、矢のように花の山の方に射られていた。言い方を変えれば、沢山の眼光レーザービームが山のツツジに向かって放射され、ロックオンされていた、となろうか。あかべこは、遠くに離れたり近くに寄ったり通り過ぎたり戻ったりと、いろいろな角度でツツジの山を楽しんでいた。

「ねえ、オジサン、もっと近くで見られる綺麗な花はないの? 畑や田圃の畦道に咲く花も結構可愛いわよ。野原のレンゲソウやタンポポも、野に咲く花こそ本当に力強く生きているって感じがしない? 梅や桜みたいに、人間にちやほやされて注目されても、一年の内、ほんの一時だけで、散ってしまえば誰も見向きもしない。桃やリンゴみたいに美味しい実りを与えてくれる花は、それなりに人との関わりが深いけれど、花として、生き物として見るならば、野に咲く花こそ真の『華』なんじゃないかしら。オジサン? 聞いてる? 何よ、何見つけたの?」

オジサンの目の先には『カタクリ群生地』の小さな看板があった。

茅野市西茅野の宮川の畔に、そのカタクリ群生地はある。国道から逸れ、県道を外れ、市道を曲がって農道を行き、小さな橋を渡って畦道を進むと、山の斜面に沢山の小さな紫色の花が俯いて咲いていた。か細い紫の花びらが反り返って、黒っぽい雄しべと薄紫の雌しべが露わになり、これまたか細い茎と共に風に震えている。ともすれば辺りの地面の色に溶け込んで目立たないのだが、近くで見ると一つ一つの花が、とても清楚で慎ましく可憐なのだ。木に咲く花も地に咲く花もしっかり生きている。別に人の為に咲いているのではない。虫媒花も風媒花も、それぞれ虫や風に頼ってはいるが、いずれも子孫を残し生き続けるための花なのだ。

「あら、じゃあ桃やリンゴの花はどうなの? 人が手助けして受粉させてるじゃない。差詰め人媒花かしら?」

「あれは、人が勝手に実を採るためにやってるだけじゃん。カンアオイを見てみなよ、地面の中に花を咲かせてナメクジに花粉を媒介させるんだから。」

「ひゃあ、変わった花もあるものね。」

「世の中には、何じゃこりゃっていう花はいっぱいあるのさ。ハンマーオーキッドってランの花はねえ・・・」

「オジサン、話が長くなるう・・・」

「そういえば、とっても眠くなってくるう・・・寝てないもんなあ。」

再びあかべこにうち跨ると、オジサンは眠い目を必死にこじ開けて走り出した。いつもの松本の民宿で仮眠しよう。電話で行く旨伝えると、娘の英語の宿題を見て欲しいとのことだった。

「おや、オジサン、今日は番頭さんじゃなくて、家庭教師になるわけね。」

塩尻峠のワインディングを駆けてゆく、べったりと倒し込んで、ますます靴先に穴が開きそうだ。


カタクリ

 

<スズラン求めて>

 

 「2時間ほど寝て、今夜のうちに帰るからね。」

そう言い残すと、オジサンはさっさと布団に潜り込んだ。そして、目が覚めると朝だった。結局7時間に及ぶ『仮眠』だったようだ。前夜は娘の英語のみならず、古語や留学のための手続き文書まで手解きする羽目になってしまった。

「ありがとう、また、頼むわ。」

何時しか『お客さん』の身分を失った娘の教育係のオジサンは、「いつでも大歓迎」の掛け声を背に受けて、颯爽と朝の湯の里を後にした。

「さあて、オジサン、今日はスズランの花を見に行くんでしょ? でも、まだ咲いてないんじゃないの。」

横浜の街中では、もうすでにスズランの花が咲いていた。今年はどの花も狂ったように咲き急いでいる。だから、群生したスズランも、ここぞとばかりに花をつけ、香りを放っているのではないかと期待しているオジサンなのだ。前日と同じ杖突峠から南アルプスの入笠山に入ろうと、ゴルフ場に向かう小径に踏み込んだ。まだ芝生の生え揃わないフェアウエイを横目に奥へ奥へと進んで行く。小さな池を回り込み、唐松林の中の簡易舗装の道をのんびりとあかべこねえさんとオジサンは走っていた。すると突然、前方のクマザサの藪の中から大きな鹿が飛び出してきた。一瞬、目が合い、お互いに立ち止まり立ち竦むと、しばし対峙して、やがてオジサンは話しかけてみた。

「おっはよう、鹿さん、ねえ、この先の湿原にスズランは咲いてるかなあ。知らない? えっ、知らないの? 馬鹿ぁ!」

「オジサン、それは失言よ。」

鹿は馬と一緒にされて気を悪くしたのか、さっと身を翻すと笹藪の中に飛び込んでいった。あかべこも走り出すと、鹿は笹の高さで前が見えないのかぴょんぴょんと飛び跳ねながらしばらく併走していたが、ちらっとこちらを見遣ると「ふんっ!」と首をそっぽ向かせて藪の奥へ消えていった。

「何よ、やけにお高くとまった鹿だこと。感じワルイ。」

唐松の落ち葉が道を覆い、踏みつけるとにゅりっにゅりっと滑る。辺りに白樺が目立ち始めると、些か気温が下がってくる。数日前に降った雨も標高が1500mを越すと雪になっていたようだ。道端に雪の名残がちらほらと見受けられる。そして、あと一山越せば目的の入笠山というところで、名残雪どころか雪渓が行く手を阻んでいた。

「げっ、雪だあ、凍ってるぅ、こりゃあかんわ。」

「ああららぁ、オジサン、正月のちゅるりん地獄の再現じゃない。お気の毒様。どう? ここらで一句詠んでみたら。」

オジサンは、あかべこから降り立って雪氷の上を何度も行き来しながら、ちゅるんじゅるんと滑っていたが、やがてごそごそと紙切れを取り出すと、何やらこちょこちょと書き記した。

【花の道 心浮き立つ 春の夢 雪と見ゆれば ちゅるんとぞ思ふ】

ちゅるんとぞ思ふ

やはり正月の雪地獄が脳裏を過ぎったようだ。先の尾根の方に回り込む所まで歩いてみたが、日の当たる所は路面が濡れている程度なのに、日陰の部分は10cmほどの厚さの雪氷が溶けかかってテラテラと輝いていた。

「この先は諦めるしかないなあ・・・。」

オジサンは呟いて、あかべこをぎっちょんぎっちょんしながら方向転換すると、名残惜しそうに後ろを振り返りつつ、名残雪の中の道を引き返していった。中腹まで下りてきた時、富士見町方面に続く金沢林道の標識を見つけた。ちょっとしたガレ場のダート道だが、杖突峠まで戻るより気分的にはいい。下りる間ずーっと八ヶ岳の美しい姿を見続けることができるのだ。オジサンは上機嫌でハンドルを握っていたが、あかべこねえさんはというと、

「いやあん、何よ、このガタガタ道、きゃっ! 泥が撥ねたじゃない、もう、泥だらけよ、いやあねえ・・・。」

 甲州街道まで下りて少し東へ行くと、入笠山入口という標識が目についた。よせばいいのに、今度は逆の方向から攻めてみようという悪心がむらむらと起こり、再び山道を登り始めた。今度は広い舗装路の明るい道だったが、1500m辺りからやはり雪の名残が見え始め、道端に落ちる滝には大きな氷柱ができていた。そして大きく曲がるカーブのところで、白く雪氷が路面を覆うのを見て、ようやく諦めがついたようだ。

「入笠山が駄目なら、芦川村だ。よっしゃ、行くぞ。」

オジサンは全然諦めていなかった。甲州街道に戻り、韮崎から櫛形に抜け、甲府南から広域農道を突っ走って、芦川に向かう山道曲道を靴先すりすりしながら、ひたすらアクセルを煽り続けた。そして、芦川村の奥にあるスズラン群生地に続くひび割れだらけのコンクリート舗装の道を、ステップの上に仁王立ちになり駆け上っていった。やがて、群生地に近い広場に着くと、いそいそとあかべこを降り立ち、一望にスズラン畑を見下ろせる場所まで駆け寄った。

「ありゃ、なんじゃい、葉っぱも何にも出てないじゃん!」

オジサンはその場にへたり込んでしまった。ここに来てどっと疲れが出たようだ。朝からスズランを求めて長野の南アルプスから山梨の芦川村まで駆けずり回ったのだから、何もないスズラン畑を前にして意気消沈してしまうのは当然といえよう。

「オジサン、元気出しなさいよ、ね、もう帰ろう。」

重たい体を何とか立ち上がらせてヨタヨタとあかべこに歩み寄ると、そのまま通り過ぎて、奥まった所にある小さな簡易トイレに向かった。その辺で立ちションすればいいものだが、どうにも子供の頃からの習性で、便器に向かわないと気持ちが悪いのだ。時には仕方なく立ちションをするときもあるが、すべて出し切った事がない。何か小出しにしているようでもある。だから、立ちションの間隔は非常に短く30分おきぐらいになってしまう。たぶん、犬が電柱や塀などにオシッコをかけるように、道端での立ちションはマーキングと同じことなのだろう。

 来た道を戻るのは嫌なので、そのまま奥に進んで御坂峠に抜けることにした。地図にはない林道だが、行ける筈と高を括ってどんどん走っていく。峠の手前まで来たとき、前方にゲートが閉まっているのが見えた。よく見るととめてある筈の針金が外れており、よいしょと持ち上げるとゲートは簡単に開いてしまった。これは通ってもいいものだと勝手に解釈して、閉鎖してある林道に分け入った。誰も通らない林道は気持ちのいいもんだと悦に入っていたものの、落石注意の標識通り、道路一面に大小さまざまな落石、即ち「落ちている石」が散らばっていた。中にはドラム缶大の落石ならぬ落岩まである始末で、ひらりひらりと避けるつもりが、よたらよたらと蹌踉めくが如くの走り方になり、オジサンとあかべこねえさん共々きゃあきゃあ悲鳴を上げ続けていた。やがて山裾まで下りて来た時、御坂側のゲートがガッチリチェーンで縛り付けてあり、頑丈な錠がかかっていた。

ごろん

「ああ、ここまで来て引き返すのって、いやあよ。オジサン、何とかしなさいよ。」

オジサンは、がちゃがちゃチェーンを弄くったりゲートの両端の隙間を測ったりしていたが、とてもすり抜けられるものではないと納得した。しかし、ゲートの下が1m程開いているのを見て、徐にサイドケースやトップケースを外しだした。寝かせれば何とか通れるかもしれない。全部外し終えて、すっぽんぽんの姿にしたあかべこをゲートのすぐ傍まで持ってゆき、そろりそろりと右側に倒し始めた。エンジンがかかって走っているときは軽く、雪や泥で転倒するときは簡単に転けるのに、いざ自分の力で支えながら倒す時は異常に重く感じられる。エンジンガードで肘を付いたような格好になって倒し終えた時、やはり1mの隙間でも潜れないことが判明した。左右にエンジンが出っ張っている分、横にぺったりと倒れないのだから仕方がない。オジサンは途方に暮れた。

「何よ何よ、こんなすっぽんぽんに全部脱いじゃってその気になったのに、どうしてくれるのよ! 恥をかかせる気なの!?」

あかべこねえさん、寝っ転がったままどうすることもできず、ただ時は過ぎゆくのみ。すると下から一台のトラックがやって来て、お兄ちゃん二人が降りてきた。

「これから落石をどかしにいくんで、ゲートを開けますよ。この鍵で開くはずなんだけどなあ・・・。」

あと5分早く来てくれれば、こんな重たい恥ずかしい情けない格好をせずに済んだのにと、悔やんだものの助かったという安堵感が優位に立っていた。オジサンは、寝っ転がったあかべこを必死の思いで抱き起こし、そそくさと外したケース類を取り付けると、

「いやあ、上の方の落石はすっごいよ。走り辛かったあ。」

捨台詞を残して、さっさとその場を後にした。やはり閉めてあるゲートは通らない方がいいようだ。

 御坂峠の旧道を、またもや靴先を擦り減らして駆け抜け、山中湖から道志道を行く。沿道には萌葱の木々が立ち並び、新芽の吹く梢を通る風が爽やかな香りを運んでくる。四月の半ばというのに、桜と桃の花の終焉を目にし、ピンクや紫、黄色に白と初夏の花までもが咲き急ぐ狂い咲きフラワーロード。きっと夏には何かが起こる。

いや、そうに違いない。

あかべこねえさんのすね毛、つまりはタイヤの一番外側のヒゲまできれいにすり減って無くなっていた。


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