亀仙人 野山をかける ベベパパこと森雲遊記す 小森耳鼻咽喉科

新・心の旅「亀仙人、野山を駈ける」

平成14年水無月

森 くらうど<雲遊>(ベベパパ)   

 

<畑上のトチ>

 前々から訪ねてみたかった木があった。生まれたところにほど近い名のある巨木だったが、道中の厳しさもあってつい行きそびれていた。前の日に大体の道筋を叔母が聞き出してくれたお陰で、麓まではすんなり辿り着けたようだ。京都府久美浜から兵庫県城崎に抜ける三原峠を越し、下りきったところの四つ辻に親切にも「とちの木」と大書した看板が立っている。細い村道を畑上の集落に向かって入っていくと、数十メートルも行かないうちに村外れに出てしまった。しかも神社のところで二股に分かれている。とりあえず直進方向に進むがどうにも不安になって、近くを通りかかったお婆ちゃんに問うた。

「とちの木に行くのはこっちでいいんですか?」

「あんやあ、こっちでにゃあてあっちの道でぁあて。」

先ほどの二股のもう一方の道を行くらしい。

「あっちの道をずーっと行ってぇ、大きな堰堤があるしきゃあ、ずーっと下の方に下りて行ってぇ、そうだにゃあ、30分ぐらい登りゃあええかなあ。」

「その登り口ってすぐ分かります?」

「ワシりゃあ分かるけどぉ、あんたがたぁどうだかねえ・・・」

「ま、とりあえず行ってみます。ありがとう。」

腰の曲がった小さな体で手押し車にもたれかかったお婆ちゃんはニコニコと見送ってくれた。

穴タブ

 二股まで戻ってもう一方の道に入り込み、ふと神社を見やると、何とも奇妙な木が目に留まった。ぽっかり空いた丸い穴から向こうの世界が歪んで見える。何だか異次元への入口のように見えた。帰りに立ち寄って確認すべくバイクを走らせたら、ものの数メートルで砂利道に入り込んでしまった。とても亀仙人のようなオンロードバイクで走る道ではないのだが仕方がない。がらがらじゃりじゃりかんかんきんきんこんこんばきばきぺきぺきべちゃぼちゃにゅりんと賑やかに石やら枝やら泥などを跳ね飛ばし、へし折って強引に突き進んでいった。沿道には紫のアザミが咲き、カラスアゲハやモンシロチョウが盛んに蜜を求めて飛び交っている。ハゼノキやヌルデが新緑の葉を大っぴらに広げて行く手に覆い被さってくる。小川のせせらぎに沿って2キロほど登ったところでお婆ちゃんの云った通り堰堤があり、無造作な看板が「とちの木」と左方向に矢印を向けて立っていた。滅多に人が来ることもないらしく、登ってきた道はもちろん、堰堤の下に行く道も草や苔で覆い隠されていた。シカやイノシシには無用だろうと、キーも財布も全部置き、カメラだけ持って堰堤に下りていった。ところが、数メートルで行き止まりになり、沢に下りる道など分からない。ひょっとして堰堤の上なのかと、元に戻って山道を登りだした。しかし、数百メートル行けども沢に下りる足掛かりさえ見つからず、結局また堰堤まで戻って来てしまった。今度はすぐ横から探そうと生い茂るクマザサを掻き分けて行くと、何と、ほんの数メートルのところに腐りかけた小さな木橋を見つけた。恐る恐る渡り、対岸の堰堤の端までは小径があったので進むことはできたが、そこから先は道らしきものは見あたらない。あるのはイノシシの足跡と出来たてほやほやのシカやイタチの糞ばかり。所々クマの糞らしきものと爪痕もあったが、とりあえず獣道を辿っていくことにした。杉ばかりの林には食べ物がないから、トチノキのあるところに獣は行くはず。イノシシの足跡と糞を道標に険しい山の斜面をよじ登っていった。と、いきなり対岸の水際から大きなシカが飛び出した。それに続いて小さな子鹿が逃げようとするのだが、滑ってしまって崖を上れない。

「おーい、バンビちゃん、怖くないよ。優しいおじさんだよ。逃げなくてもいいよ。」

白い斑点が可愛い生後間もない子鹿が、とっとと逃げてしまった母親の姿を求めて不安げな眼差しでこっちを見た。

「おお、可愛いねえ、どう、オジサンと遊ばない?」

人間の女の子に云うと怪しく危ないセリフでも、子鹿に対しては何の抵抗もなく云える。しかし、分かってもらえる筈もなく、ゆっくりと去っていってしまった。デジカメで撮ってみて分かったのだが、あの子鹿の鹿子模様は実によくできたカモフラージュである。ファインダーの中だとどこにいるか全く分からない。適当にワイドで撮ってみたが、後でパソコンの画面に拡大しても、よく探さないと子鹿だと判別できないのだ。イノシシの子供のウリボーにしてもイタチやテンもじっとしている限り外敵には見つかりにくいのだ。自然とはよくできているものだと感心してしまった。ということは、おバカなおじさんの周りには無数の動物たちの目があったのだろう。じっとしているとあちこちでかさっこそっぱきっざざっと、何かしら風の音ではない生き物の身動きする音が聞こえてきたものだ。

トチ

 更に道無き道を進むこと1時間近くかかってしまった。お婆ちゃんの云う30分は道を知っている人間の所要時間だったようだ。後で気づいたのだが、所々色あせた虎ロープが張ってあったのは、どうやらトチノキまでの道標だったらしい。そんなことも知らないオジサンは大汗かきながら獣道を一生懸命辿って山の斜面をよじ登り続けた。間近でウグイスやホトトギスが美しい歌声を聞かせてくれる。深山で聞く野鳥の歌声はボリュームが目一杯上がっているようで、活舌もはっきりと正しい発声法で実に心地よいコンサートを聴くことができる。そんなウグイスが「ここだよ、ここだよ」と教えてくれたところに、「畑上の大栃」は聳え立っていた。急斜面にしっかり踏ん張るようにして四方八方に大きく太い枝を伸ばし、梢には大きな葉をまさに「天狗の団扇」の如く幾重にも広げていた。

「おおっ、おみごと! ボクの生まれた時からずーっと見守ってくれていたんだよね。いやあ、ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでしたぁ! 本日、ただいま、立野の和田の孫の立雄、こうして参上いたしましたぁ! 以後よろしゅうお見知りおきくださあい!」

誰も周りにいないから好き勝手なことを大声で云えるものだ。一端の舞台俳優のセリフのごとき発声で叫んでいた。周りの観客席からはウグイスやホトトギス、ヒヨドリたちの歓声が一斉に上がった。

 大栃の肌に触れたくても、70度近い急斜面を登らねばならない。足を踏み外したらそれこそ谷底へ真っ逆様になってしまう。シダの根っこや何かしら草の茎、灌木の小枝を手掛かり足掛かりに必死でよじ登る。何度かずりずり滑り落ちながらも、頼りない木の根を藁をも掴む思いでしがみつく。

「ひいぇええ、ひぇええ、こわいよーいたいよー落ちるよー・・・」

手のひらが擦り剥けてひりひりするが落ちるよりましと、土の斜面から少し出っ張ったトチの根らしきところにぴょんと軽く飛び移った。だが、苔の生えた部分に足が乗った途端、ちゅるん! と滑って空中を蹴り上げる格好になってしまった。

「んぎゅあ゛ん!」

悲鳴とも叫びとも呻きともつかない奇妙な声を上げて滑り落ちかけたが、咄嗟にその滑った根っこに手が掛かって、ぶらあんとぶら下がる格好になった。見上げるとトチの葉が日の光を通して鮮やかに輝いていた。

「ふーっ、何だかトム・クルーズみたい。・・・ああ、いてっ。」

その時はミッション・インポッシブル2でトム・クルーズが岩山でぶらあんとぶら下がるシーンを思い浮かべたのだが、こっちの土の斜面の方が岩壁より軟弱で始末に悪い。体のあちこちに擦り傷や切り傷を作りながらも何とかトチノキの根元まで辿り着いた。幹周りは精々5〜6mなのだが、根の張りが幹以上に太く逞しく、上に広がる太い枝と相まって想像を絶する力強さを感じる。表には見えない根の張りは山の斜面に奥深くがっしりと大地を掴んでいることだろう。トチの谷側は土が抉られて切り立った崖になっており、そこを必死に登ってきたのだが、山側は一坪ほどの平地になってゆったりとくつろぐことができた。根っこに腰を下ろしてじっとしていると、ほんの目の前の山椿の枝にウグイスが留まり、美しい声で唄い始めた。

トチとおじさん

「ほーほーほー、法華経、ほーほーほー、法華経、ほーほーほー、法華経。」

ゆったりと落ち着いた声で朗々と唄い上げてくれる。すると、頭上の梢で今度はホトトギスが大声でセリフを言い始めた。

「特許! 特許! 特許許可局! 特許許可局! 特許! 特許! 特許許可局!」

「ほーほー法華経! 穴居穴居穴居! ほー法華経! 穴居穴居穴居!」

どうやら山のオペラの舞台に上がり込んでしまったようだ。手が届くくらいの距離で盛んに囀っていたが、カメラを構えた途端、パパラッチがお嫌いらしく、「結構結構結構・・・」と叫んで飛び去ってしまった。

 逞しいトチの幹に抱きついたりもたれ掛かったり頬ずりしたりして小一時間は過ごしたようだ。そして、下りようとするのだが、見下ろすと深く落ち込んだ谷底が垂直の壁に見えてしまい、恐怖心が募ってきた。手掛かりを探しても、まともに体重を支えられるようなものは見あたらない。まして、斜面に立っていると水平感覚が狂って、ともすると体が崖下に向かって揺らぎそうになる。トチの木の周りをうろうろとしていたが、思い切ってさっきの根の出っ張りまで1mほど横に飛び移ることにした。ところが、50という年齢とともに体が固くなっており、思うように脚が上がっていなかったらしく、30cmの大足は根っこの出っ張りの遙か下の方に着地してしまった。

「んぎゃあおえっ!」と云う悲鳴とともに、ずずずずーざざざーと斜面を4,5m滑り落ちた。頭を下に落ちたら命がなくなると思い、咄嗟にお尻を着いて両手を広げ上を見上げるようにして滑っていると、何かで足が止まり同時に手の中に何かの枝が触れてしっかり握りしめた。

「ふえーっ、助かったあ。トッちゃんありがとう。助けてくれたみたいやね。また、来るからねえ!」

イノシシやシカが見ていたら腹を抱えて笑っていただろう。無様な格好で山を下りるオジサンはとても野生では生きていけないかもしれない。それでも自然の木々や動物たちに感謝の言葉をかけつつ、登ってきた獣道を下りていった。

 何とかバイクの姿が見えるところまで戻ってきた。堰堤の上に出てみるとまた違った風景に出会える。谷から見上げるとあんなに大きいトチノキが、どこにあるのか全く分からない。自然の風景の中では人間の考える大きさのスケールは無用のものとなる。子鹿の鹿子模様と同じく風景の中にカモフラージュされているようだ。尤も、山頂近くにある「畑上のトチ」は、昔から沖合に出た漁船の港に帰る目印となっていたそうだ。冬枯れの山に一際大きく枝を広げる巨木はよく目立っただろう。夏場に葉を繁らせると他の木々と紛れてしまって分からなくなりそうだが、昔はそれほど周りに木がなかったようだ。今は若い杉が林立し、トチの若木や朴の木も馬鹿でかい葉っぱを広げている。葉の大きさは老いも若きも変わらない。

アザミ

 亀仙人を狭い道でぎっちょんぎっちょん切り返して方向転換させると、再びじゃりじゃり道を下った。アザミの咲いているところまで来ると、盛んに大きなカラスアゲハが吸蜜している。紫のアザミに黒いアゲハとくるとなかなかいい写真のモデルになる。早速バイクを停めてカメラを構えるが、なかなかいいポーズをきめてくれないものだ。沢山あるアザミのどれに止まるか予測がつかない上に、じっとしていてくれない。止まった花にカメラを持って駆けつけるとサッと逃げてしまう。チョウチョもパパラッチがお嫌いのようだ。追いかけると逃げてしまうので、作戦変更となった。しばらく眺めていると、一定のコースを何度も回って、同じ花に留まるということを繰り返している。チョウの道があって、所々人気スポットであるアザミの道の駅に立ち寄るのだ。そこでその人気スポットに目を付け、カメラを間近に据えて待つことにした。息を殺して身動きせずに待っていると、じりじりと太陽が熱い日差しで肌を焼いてくれる。額に汗が噴き出して目に入ってくる。普通ならば眉毛で横に流れるのだが、生憎髭の濃さに反して眉毛は薄い。ダイレクトに目の中へ流れ込んでくる。10分ほど経ってようやくモンキアゲハが目の前のアザミの花に留まってくれた。デジカメのシャッターを押すが、ちょっとのタイムラグで画面から外れてしまう。接写撮影をすれば、フォーカスの作動時間とメモリーカードに書き込む時間で1枚ごとに4秒以上かかってしまうのだ。チョウチョはそれほど待ってくれない。30分ほど待ち続けて、モンシロチョウとモンキアゲハが何とかいいポーズをきめてくれた。ハナムグリも可愛い動きでアザミの中に潜り込んでいた。

カラスアゲハ

 大汗をかきながら再びバイクに跨り、二股のところまで来て穴の空いた木のことを思い出した。何だか寄り道ばかりしているようだが、路傍には見るべきものが無数にあるのだから仕方がない。見るべきものは好奇心の数だけ無限に存在する。その穴の空いた木はタブノキで、地上から2mほどのところに奇妙な空間を造っていた。綺麗な楕円形の穴のちょうど真ん中に、新芽が小さな枝を広げ可愛い葉を付けている。それが遠目には向こうの景色を奇妙に歪んで見せていたのだ。自然の一輪挿しの生け花を見るようだ。とても人の手によってできるものではない。あらためて自然の造詣の深さに感心してしまった。

 畑上の村をあっという間に抜け、四つ辻まで来て振り返ったが、もうどの山にトチノキがあったのか分からなかった。新緑から深緑に変わりゆく木々はより多く大きな葉を繁らせて山々を染めていくことだろう。「畑上のトチノキ」は行きにくい場所にはあるけれど、今のままイノシシやシカと静かに暮らせる環境であり続けてほしいと切に願う「立野の和田の孫」だった。

<蛍>

 「蛍見に行くんやから、ちゃんと帰って来てや。」

この2週間以上、あちこち放浪の旅をしているオジサンは姪から電話で諭された。しかも山の中で、ぜえはあ汗をかいて崖をよじ上っている時にである。どうも、携帯電話というものは時と場所を弁えない代物だ。

「分かったよ、そのうち帰るから、ともかく今は山に登らせてくれ。」

京都の丹後の家に居座って、毎日山を駈け野を走り回っていた。山陰の丹後から但馬地方の山々には、まだ知られていない巨木や遺跡が多く点在しており、ひとつひとつ見つけだしていると、古代ロマンへの想いが沸き返ってくる。その夜、屋敷の離れで原稿を書いていると、叔母が縁側から障子を開いて何やら手に握りしめていたものを差し出した。

「たつおちゃん、蛍がおったでぇ、ほら。」

と、手を開くと黄色く輝く光がふーっと飛び上がって障子にとまった。しばらく見ていると、白い障子に黄色い光がゆっくりと点滅して灯っている。電灯を消してみると、かなりの明るさがある。1匹でもその光の強さは新聞の文字が読める程だから、数匹を虫籠に入れていれば本を読むのに十分な明るさが得られるのだと変に納得してしまった。

「どこにおったん?」

「畑の方におるでぇ。」

障子の蛍を外に逃がしてやると、いそいそと草履を引っかけて駈けだしていった。畑の横を流れる用水路のあたりまで来ると、いるいる、草むらの中に、田圃の中に、黄色い小さな光がふーっふーっと点滅しながら飛び交っている。目の前にゆっくりと飛んできた光を、手のひらの中にそっと包み込むように捕まえた。ゆっくり指を開くと、小さな源氏蛍が黄色い光を点滅させながら手相をじっくり見てくれていた。田圃の畦道で蛍の光と戯れていると、時の経つのを忘れてしまうようだ。

 「レンタカー借りてきたでぇ。滋賀県の天野川でホタル祭りやってるんやて。その川、天然記念物なんやて。」

どうやらインターネットで調べて見つけたらしく、正確な場所も特定しないまま「天然記念物」という名目だけで、そこに行こうという発想らしい。

「そんなとこまで行かんでも、どっか近くにないんか?」

「ええやん、天然記念物やで、ぎょうさんホタルが飛んでるんやで、行こうなあ。」

結局、姉と偶々書道の稽古に来ていた学生を引っ張り込んで夜の「蛍詣で」と相成った。姪の運転は叔父の自分から見てもとても「女」の運転ではない。大胆かつ過激なアクセルワークとハンドリングでびゅんびゅんかっ飛ばす。ただ、遺憾なことに、きゃあきゃあ怖がって叫ぶ姉を余所に、私には全く違和感が感じられない。血は争えないというのか、運転のセンスが私と全く同じなのである。アクセルワークやブレーキタイミング、コーナリングのライン取りからスピード感覚に至るまで不思議とそっくりなのだ。違うのは時折、姪がぷっつんと頭の回線が途切れて無茶をするくらいかもしれない。尤も私自身はというと、いつも切れっぱなしの運転をしていると云われているが、自覚はない。

京都から琵琶湖を渡って彦根を過ぎ、山東町長岡というところに着いた時には2時間ほど経っていた。川の土手には「ほたるまつり」の提灯が並んでいたが、蛍見物にやってくる人はほとんどなく、疎らに暗闇の中から人声が聞こえてきた。蛍の光の乱舞を期待して来たのだが、目の前の河原には提灯の数よりも少ない蛍が寂しげに瞬いている程度だった。

「なんや、こんな程度の蛍やったら田舎の方がよかったでぇ。」

「ほたるまつりは昨日までやったんやて。」

「ほな、蛍も今日は営業終了かいな。あほくさ。」

川を渡る風が肌寒く感じられ、些か心の中にも寒風が吹き抜けていった。帰途につく車中の姪は、かなりぷっつんと線が切れていたようだ。狭い道でもかなりのスピードでかっ飛ばし、コーナーでもほとんどブレーキングなしで振り回していた。とある急カーブに差し掛かったとき、かなりのオーバースピードで突っ込んだ拍子に田圃に突っ込みそうになった。急ハンドルでかわしたものの、大きく車体を左右に振られて危うく転倒しかかった。それでも、何とかハンドル操作で切り返しつつブレーキをかけて止まった時は、一同恐怖に襲われていた。

「なんで、なんで、なんでこうなったん?こんなん初めてや。」

「当たり前や、四人も乗ってるんやからそれなりの運転せな危ないやろ。今はまともな精神状態と違うんやさかい、運転代われ。」

「いやや!」

「なんでやねん!おまえと一緒に心中するのはいややで。ええから、代われ!」

「いやや、絶対いや!」

頑として姪はハンドルを離さない。仕方なくそのまま運転を続けさせたが、それからは間歇アクセル運動のビビリ運転で、京都に着くまで私は眠ってしまった。

「下鴨にええとこ見つけたんや。行くか?」

姪が前の晩、犬の散歩させていて蛍の飛び交う絶好の場所を見つけたというのだ。姉が行くと云ってしまったものだから、せっかく家の近所まで着いたところで、再びぎゅいーんとアクセルを吹かしてしまった。

「ぅわーぃ、ええ加減に寝させてくれやぁー!」

下鴨の住宅地の中を流れる小さな川があり、鬱蒼と木や草が生い茂っていた。そして、そこには見事なまでの蛍の光が乱舞していたのである。

「最初からここに来てればよかったのに、なんであんな遠いとこまで行かなあかんかったんやねん。こんな近いとこやのに、あんなコワイ思いしてあんな遠いとこまで行って、一体この無駄な時間はなんやったんやねん!?」

「へへへ、まあ、ええやん。ええもん見られたやろ。」

車にも姪にも振り回されっぱなしの半日だった。何百匹もの蛍が一斉に同じ間隔で点滅している。時季はずれのクリスマスツリーが下鴨の川面に展開していた。

<カモシカ>

 翌朝、夜明と共に京都を発った。いつもの通り巨大なピレネー犬が無言で見送ってくれた。亀仙人に相変わらずの荷物を満載して、京都の北山に向かう。前夜、「寂しい蛍」を見に行った同じ道を辿り、同じ川に立ち寄った。明るい日差しの下で見る天野川は、川原に葦の茂るあまり美しいとは云えない川だった。昼間の蛍は全く存在感がない。夜だけにその存在をアピールする「飛んで気に入る夏の虫」というところだろう。

 滋賀から岐阜に入り、根尾村に向かった。「淡墨桜」を一目見ておこうと思った。桜の花の咲く時期は人ばかり多くて行きづらい。まして、桜の花ばかりもてはやされるのに些か抵抗を感じていることもあった。時季はずれの「淡墨桜」は葉桜満開で、やたら支柱ばかり目立つ老いた巨木である。1年のうちのほんの数週間だけ大勢の人が訪れるが、それ以外の1年のほとんどは「寂しい桜」なのである。

 根尾村から更にR157を温見峠に向かう途中で、道の真ん中に無惨な姿のカモシカの死骸を見つけた。頭骨から肋骨、脊椎から腰椎、そして一本だけの後ろ足の骨を残して骸を曝していた。周りにはバラバラになった毛皮や別の足の骨が散らばっており、カラスや他の動物に食い散らかされたようだ。骨に付いた肉片の乾き具合からみてもこの1,2週間前ぐらいに死んだものと思われる。道の上で死んだことから、恐らく車に刎ねられでもしたのだろう。このところ至る所で野生動物の交通事故による被害を見る。タヌキやイタチ、ノウサギなど山の中の道ばたに哀れな姿を曝している。また、その死骸を食べていて二次災害に遭ったと思われるカラスやトンビの潰された死骸も見てきた。街中ではイヌやネコの死骸があると、保健所が処理しに来るが、山中ではカラスなどの他の動物が死体処理業務をこなしている。だが、小さな子狸が死んでいるのを見ると胸が痛む。

 カモシカの死骸のあったところから1キロほど行ったところで、路上をとぼとぼと歩く生きたカモシカに出会った。慌てて逃げる様子もなく、バイクが横に並んでもチラチラ見ながら沢の方に下りていった。お近づきになれるチャンスと思い、バイクを停めてカメラを取り出したが、振り返った時には姿が見えなくなっていた。開けた場所なので、逃げてもそう簡単に見失う筈はない。沢に架かる小さな橋の下に逃げ込んだのだろうと思って、カメラを構えたままじっと静かに待っていた。すると3分ほど経って、橋の下からのんびりとカモシカが姿を現した。さすがに真上からパパラッチされているとは気が付かなかったようだ。上の道に戻りかけた坂のところでやっとカメラマンに気づいたが、逃げる様子もなく、「なんだよ、なに撮ってんだよ!」とでも云う風に睨み付けてきた。

こんなとこまで良く来るね

「あーら、カモシカさーん、こんなとこで何してんのぉ? おひとりですかぁ? ねえねえ、さっき向こうの方でお宅の仲間の死骸見つけたけど、ひょっとしてお友達?それともご家族の方? おやおや、あんたも角が一本折れてるねえ。さっきのお方も一本角が折れてたよ。はい、写真撮りますよぉー、ハイ、チーズ。」

と、馬鹿なことをべらべらと話しかけていると、意外に野生動物は逃げないものである。つまり常に鳴き声を発しているということは襲ってこないことを意味するのだ。これが黙って構えてしまうと、いつ襲ってくるか分からないという恐怖から一気に逃げてしまうのだ。

「そうだよねえ、あんたも偶蹄目ウシ科だから最近の狂牛病騒ぎなんか気になってたんじゃないの? あれなんかイギリスから騒ぎが起こったけど、BSEっていうんだってさ。BSAってのはイギリスのバイクメーカーだけど、ボクのはBMWでドイツのメーカーなんだ。ああっと、今の表情、いいよお、いい顔してるよお、ハイ、撮ったよ。じゃあ、今度は横向いてくれる? はーい、いいよお・・・」

とりとめなくしゃべり続ける人間を全く警戒せずに、だんだん近づいてきた。あと1mほどのところまで来た時、つい嬉しくなり、へらーっと笑ってしゃべるのを中断してしまった。そして、ちょっと手を動かした途端、サッと身を翻したかと思うとぽーんとジャンプしてせせらぎに身を躍らせ、流れの中を水しぶき上げて駈けていってしまった。大きな体を弾ませるようにぴょんぴょん軽々と跳ねる様は野生の力強さを感じさせる。また、いいものに出会ってしまった。

 その後、温見峠の狭い細いくねくね道を走っていた。と、崖っぷちの見通しの悪い小さなカーブの向こうからトラックがぐいんと走ってきた。咄嗟にブレーキをかけて止めようとしたが、あまりにも近かったのと道幅が狭くて逃げ場がなく、左に倒し込んだままトラックのバンパーの右端に突っ込んでしまった。ウレタンバンパーだったので前輪右フォークの先っぽが突き刺さる格好で止まった。

「ああ、刺さってまっとるがや。」と、トラックを運転していたおじさんがバックさせようとすると一緒に引きずられてしまう。

「このバンパー鋸で切っちまおう。」と、鋸でぎこぎこ始めてしまった。

「あ、ちょっと待って、ちょっと待って、こっちのバイクをもうちょっと倒してみるから。」

倒れるぎりぎりまで寝かすと、ぐんにょりとバンパーからフロントフォークが外れた。

「ああ、お互い山の中の出会い頭だもんな。そっちのバイクは大丈夫か? こっちはもうすぐ出してまうもんだからどうでもええがや。ま、気ぃつけて行きぃや。」

ちょこっと外れたバンパーをボンとひと蹴りして元通りに戻すと、おじさんのトラックはさっさと行ってしまった。峠の細道でも一応国道である。結構対向車があって交通量はあるようだ。いろいろな動物に出会うが、いろんな人間にも出会うものだ。

 峠を下り、笹生川沿いに九頭竜湖に向かう。山の緑は例えようもなく美しいが、湖の深い青緑の水の色も溜息が出るほど美しい。どんな形容詞をもってしても表現仕切れない美しさである。敢えて云うならば、「バスクリン一缶全部入れてしまった風呂水のような色」となろうか、こちらは入るに入れず溜息が出る。湖面に映るアーチ橋が真っ赤に塗られて際立っていた。

 白鳥から蛭ヶ野高原を通って庄川村に入ると、今度は軽岡峠に登っていった。道ばたにある大きな看板が目に留まった。「森の巨人たち百選」と題して、ヒノキとヒメコマツの巨木を写真入りで紹介してある。迷わず亀仙人のハンドルをぐいっと山に向けて駈けだした。4キロほど山中に入ると林道の入口でチェーンが張られて通せんぼうになっている。

「営林署の許可無く入山を禁ず。無断で入山する場合は、何があっても責任は負わない。」と、堅苦しい但し書きがあった。あんなにでっかい看板で巨木を紹介して、見においでおいでと云っておいて、門前払いを食わすとは何事かと、さっさとチェーンを外してガレ場の林道に入り込んだ。とても亀仙人のようなバイクには似合わない酷いがたがた道だが、もうこのところの林道三昧で泥亀になってしまっている。かなり険しい山の斜面を通る小径だったが、何とか転げ落ちずに巨人のいる森に辿り着いた。

そこには京都北山の伏状台杉と同じように歪に曲がり捩れひねくれた巨木が群をなして佇んでいた。ヒノキは大きく空洞化した根元から立ち上がる上部で腕組みをするように合体し、太い枝を分けて聳え立っている。ヒメコマツはというと、これまた巨大に成長したミズナラの巨木の膝元に抱きついた格好でにょっきと伸びていた。このミズナラの方が巨木百選に選ばれてもいいようなものだが、一体何を基準に選んでいるのだろう。巨木のいる小さな森に立つと巨人と云われている自分が何とも小さく感じてしまう。一頻り木々と語り合ってその場を後にした。

 飛騨高山から平湯に抜ける途中で、乗鞍スカイラインの今夏での営業終了の案内があった。入山は午後7時までとある。せっかくだから翌日来ようと心に決め、安房トンネルに突入していった。

<雷鳥>

 朝から初夏の日差しが燦々と降り注いでいた。松本平から望む北アルプスの峰々は、まだ白い雪衣を頂いている。その中の乗鞍岳を目指して、一路亀仙人に鞭を入れた。安曇野を通って釜トンネルを抜け上高地の入口のところまで、並み居るトロトロ車をびゅんびゅん追い抜いて走り続けた。安房トンネルに向かってぐいっと曲がったところで、ふと安房峠に至る旧道のゲートが目に入った。迷わず峠道に入り込む。味も素っ気もないトンネルを通るより、緑の峠を越える方が遙かに気分がよろしい。新緑のトンネルが延々と峠まで続いている。トチ、ホオノキ、ミズナラ、ブナ、エンジュ、カエデなどの葉が大きく豊かに繁って、強い日差しを遮って気持ちのよい木陰を作ってくれている。青い空を海に喩えるならば、トチやホオの葉は大きいからマグロやカツオになり、ミズナラやブナなどの葉はタイやヒラメ、エンジュは小魚、カエデやモミジはヒトデ、クルミの葉は長細いからサンマに見える。とすれば、道ばたに生えるススキはウナギやアナゴであろう。秋には梓川に落ち葉となって流れ込み、遠い旅をして海の栄養となって魚たちを育てるのだ。母なる海、父なる山の森に思いを馳せながらワインディングを駈けていると、峠付近では白骨のような立ち枯れの木が目立ってきた。車の排気ガスや火山ガスによる酸性雨などの環境汚染で、山の木々が無惨な姿を曝している。道ばたで出会ったカモシカやタヌキの死骸と同様、立ち枯れの木々もまた交通事故の被害者なのかもしれない。

 平湯まで下りて、また乗鞍方面に登る道を行く。料金所の表示の通行料金を見て目の玉が飛び出した。バイクを含む軽乗用車は2200円とある。

「軽車両って自転車は300円なのに、いきなりバイクは2200円ですかぁ?」

「ああ、自転車は通行禁止だよ。長野方面は雪で行けないから、このスカイライン往復料金になるからね。

雪の壁

引き返す訳にもいかず、料金を払って走り出した。標高2000mあたりでは、ダケカンバやシラカバの新芽はまだ出ていない。オオシラビソが辛うじて葉を付けているが、森林限界を超えた2500mを過ぎるとあたりはハイマツばかりになってしまう。雪渓がかなり残っており、スキーを楽しむ人々の姿が見えていた。濃い緑のハイマツと白い雪渓が織りなす山の模様は実に雄大で美しい。何度も途中でバイクを停めては風景をカメラに収めていた。畳平の駐車場にバイクを置き、山頂を目指す。だが、行く手にはかなり大きな雪渓が横たわっており、最高峰までは無理と思われた。それでも、とりあえず行ってみようと、歩き出した。3000mを越えると酸素量は地上の3分の2で、水も80度で沸騰するという。確かに歩いていると空気が薄く感じられ、呼吸の回数もかなり多くなっていた。歩く速さも歩幅も小刻みに一定を保ち、ガレ道を進んでいく。尾根を回り込んだところで大きな雪渓にぶつかる。しかも5m程の雪の壁がそそり立っている。そこからは雪解け水が路面を覆い、泥濘の道となる。「肩の小屋」というところまで来るとあと300m程の登りになるが、見渡す限りの雪渓でとても軽装のライダーブーツで行けるような場所ではなかった。ひとたび足を滑らせれば、500m以上の斜面を滑落してしまう。あきらめて引き返すことにした。

雪の壁のところまで戻って来た時だった。どこからか変な鳴き声がしてきた。ガラララララララ〜ガララララララ〜、目の前に白い羽と褐色の羽が入り交じったハトよりちょっと大きめで、瞼に赤いアイラインを入れた鳥が現れた。

やあ!おっさん!

「あっ、雷鳥だ! おーい、逃げないで、写真撮らせてよー。」

岩場をとことこ歩き回り、ちょっと飛んで崖っぷちの縁石の上をとっとことっとこ歩いてゆく。カメラを構えて追いかけるものの、歩く速度は結構速く、ファインダーに捉えながら追いかける人間は息が上がりそうになる。

「おい、ちょっと、もう少しゆっくり歩いてよ。写真が撮れないじゃん。こらあ、協力しろよ、そ、そうそう、立ち止まって、ちょっとこっち向いて、もう少し左、そうそう、いいよお、今度は振り返って、そうそうそう、いい感じだよ、ちょっとアップで撮らせてねえ、いい顔に撮るからさあ、ほおら、いい子だ、うーん、いいポーズだよ。」

カモシカの時と同じように、のべつ幕なしに話しかけていると、本当に逃げないものだ。しまいにはうるさそうにこっちに向かってぐあぐあがらららと威嚇するように鳴き声を上げた。

もう行っちゃうよ!

「ああ、バッテリーが終わっちゃった。」

という一言を聞いてか、ほんの1m程のところでポーズをとっていた雷鳥はばさっと翼を広げてハイマツの林の中に飛び込んで行ってしまった。同じように雷鳥を見つけてカメラを構えていた女の子が一緒に付いてきた。

「今のが雷鳥ですか? 初めて本物を見ました。うれしい。」

「そう、ボクも初めてだよ、あんな間近に見るのは。でも、昨日なんかカモシカに出会ってね、ほんの1m程まで近づいていろいろ話かけてたんだ。最近の環境破壊についてだとか、BSEに関してどう思うかなんていろいろ議論してたんだけど・・・」

人間の女の子は野生動物と違って、話しかけ続けると逃げてしまうらしい。話し続ける私からだんだん遠ざかっていって、雪壁の方に行ってしまった。

 畳平まで戻ってトイレに入ろうとすると有料とある。ならば、別のトイレを探すと、どこも有料になっている。だったら我慢して料金所の横のトイレに入ろうと、スカイラインを猛スピードで駆け下りていった。そして、料金所を出て、すぐ横のトイレに駆け込もうとすると、何と、そこにも100円の協力金を徴収する箱が置いてあった。こうなりゃ意地でも金は払うものかと、平湯のバス停のトイレまで再びかっ飛んで行った。普通の人よりトイレが近く、頻尿症の気があるようだし、頻糞症でもあるようだ。

 この3週間、各地の野山を駈けめぐり、様々な巨木に出会い、いろいろな動物とも出会ってきた。そして、いろんな人との出会いもあって一期一会の交流を深めてきた。時の流れはすべてに変化をもたらす。生きているものすべて、全く同じものはない。

すべての命はすべからく「個」の単位から成り立っている。新たな出会いはこれからも無限に存在し続けるのだ。

 亀仙人を駆る家出中年オヤジは、爽やかな高原の風を受けて脳天気に走っていった。

目の前のフロントスクリーンには、亡き母と愛猫の写真が貼ってあり、一緒に旅を続けている。社交的であった母がいろいろな人々に、愛猫がいろいろな動物に引き合わせてくれているのだろう。

「ありがとう、お母さん。ありがとう、べべちゃん。」


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