あかべこ日記常陸編

あかべこ日記常陸編

「しだれもみじと毛深い毛蟹」の巻

平成10年霜月中日

<あさぼらけ>

 未だ夜も明け切らぬうちに、猫の冷たい鼻を頬に押しつけられ目を覚ます。毎度の事ながら早起の猫が恨めしい。一頻り甘えた後今度は温かい毛皮を頬に押しつけるように枕元に丸くなる。柔らかな毛が鼻をくすぐり大きなくしゃみをするとびっくりして逃げ出してしまった。今度は押入の上段に積み上げた布団の更に上にのせた毛布の上で猫は丸くなる。何があっても起きないぞという気構えか声を掛けても見向きもしない。仕方なく人間様の方がそそくさと起き出してしまった。

 本日の天気は良好とのこと。そういえば此の1ヶ月近く雨が降っていないようだ。植木鉢の土がからからになっている。サボテンだからいいようなものの、草花ならとうに枯れてしまっている。週日は終日会社勤めで不在だし、週末は早朝からツーリングに出かけて不在だし、水を遣る時が無いと言い訳がましくまたまた出かける旅人であった。

 薄暗い朝ぼらけの中、「あかべこ」は猫と同様寝起きの良さを提唱するかのように目覚める。今日はどちらへ? 問いかけるようにエンジンの鼓動が淑やかに朝の住宅街に響く。そうさね、常磐を北上して紅葉狩りにでも行くかと左足でギアを踏み込み走り出す。軽やかな音を残して山を下る。朝霧だろうか木々の間の道を走り降りる時にひんやりと頬を撫でる。冷たい風がヘルメットの隙間から入り込み鼻をくすぐる。これまた大きなくしゃみをしたがびっくりして逃げ出すようなあかべこではなかった。

 走り出して気づいたが、皮のライダーパンツは寒さを防ぐには至らない。走るにつれ冷たさが膝辺りから染み込んできてとても飛ばす気にはならない。まだ太陽の光の届かない高速道路をただひたすら冷たさに耐えつつ速度を抑えて走る黒革縅しのライダーであった。


歌舞伎役者が見栄をきるなり

<中釜戸の垂れ紅葉>

 もこもこぐねぐねうねった枝に、びっしりと張り付いた苔や菌類。どこが樹皮だか苔だか分からない。その佇まいは見栄を切った歌舞伎役者のようでもある。

 中釜戸のシダレモミジ。茨城県いわき市南部の内陸に入った所にひっそりと佇んでいる。常磐自動車道いわき湯本I.C.で降りると、県道を西ヘ進み、常磐道の下をくぐってしばらく行ったT字路を思い切り左折する。再び常磐道をくぐって5kmほど行って、うねうね曲がる道の左カーブにさしかかる右手に「中釜戸のシダレモミジ」の案内標識が見える。その標識の指す方向に入り込み、小さな橋を渡って民家の脇を左の方に回り込むと、農家の庭先の路地脇に御影石に刻み込んだ銘板が見える。その路地の先の山蔭に小さな祠と、その横にこじんまりとした垂れ紅葉が臨める。

とことこ歩みを進めるうちに、次第に目に入ってくるのがもこもこぐねぐねうねった枝なのである。

 春の新緑の頃は古木然とした枝に、ピチピチの若葉が映える対比が面白い。

 夏の緑深い葉に見え隠れするもこもこぐねぐねもまた趣深いものがある。

 秋の紅葉、これがまた難しい。紅に染まる時期が区々なため、訪れる度に肩すかしを食らう。少し遅らせて訪れた時にはすでに葉が落ち、もこもこぐねぐねは、そのグロテスクな姿を恥ずかしげも無く曝しているのだ。

 葉を落とす前は、全部が紅に染まるというよりも、緑、赤、黄色、茶といろいろな色を取り混ぜて着色している。それが煌びやかな衣装を纏った歌舞伎役者に見えるのは私だけだろうか。

 しかし、今年の紅葉はまた違った。秋も深まった頃なのに、夏の装いのままなのである。蒼々とした赤子の手のような葉を繁らせ一向に秋らしい紅葉を見せる雰囲気すらないのである。近くの農家の人に聞けば、七年に一度ぐらいしか紅葉しないとのこと。ということはこの紅葉の姿を見に通いだして五年だからあと二年通わないと真の紅葉は見られないということか。せっかくだからとビデオを回してその姿を収め、写真にその画像を留めた。

 

<毛蟹>

 第一の目的を果たしたあとは何気なく気の向くまま道のあるままに走っていた。昼近くになって小名浜の魚港に迷い込むと、干し魚や貝を焼く匂いが

鼻をくすぐる。くしゃみはしないが腹の虫が騒ぎ出す。水槽にはタラバガニや毛蟹が恨めしそうにこちらをにらみながらはさみを翳していた。他にもホヤやカキ、サザエにアワビと海の幸が群を成して店頭に並んでいる。そしてトラックから大きな桶に入った大量のサンマが大漁だとばかりにデンと下ろされる。みんなぴちぴち旨そうな魚達である。サンマはこの小名浜で買わなくとも近くのスーパーに行けば買えるので、思い切って毛蟹を奮発する事にした。四ハイで三千円。ついでに大きな蛤を一袋付けてもらい四千円也。毛深い毛蟹が恨めしそうに睨み返すので、さっさと発泡スチロールのケースに詰め込んで梱包してもらった。一人で食べるには多すぎる。そこで、江東区の友人宅に電話するが留守である。まあ、追い追い帰りながら電話を掛けようと市場を後にした。

 小名浜から更に北上して塩屋崎灯台を巡り、浜辺でサーフィンに興じる若者達を横目に帰途に就いた。少し遅い昼食を勿来辺りの海鮮レストランで摂ったが、「アナゴ重」はウナギと同じように焼いてはいただけない。アナゴはウナギほど脂がのっていないので焼くとパサパサになって堅くなりまずいことこの上ない。おまけに目の前の生け簀は死に簀で腹を見せた魚達がぷかぷか浮かび、底には仰向けに横たわった伊勢エビ達が揺らいでいた。二度と来るものか、こんな店!

 途中何度か友人宅に電話しても相変わらず留守である。やむなく常磐道を外れて千葉の田舎道を走り、東関東道路の富里から再び高速に乗る。夕方五時近くになってようやく電話が通じ毛蟹を持ち込む旨伝えると、先方も今し方アワビが届いたとのこと。今夜は豪勢な食事になりそうだ。


垂れ紅葉とベベパパと

<至福の夕食>

 毛蟹は塩ゆでにして、蛤はお吸い物、そしてアワビは十個もあったのでいろいろ手を掛ける事にする。三個は刺身、三個は網焼き、残る四個は煮貝にする。たわしでこすって汚れとぬめりを取った後、ナイフをこじ入れて身を殻から外す。その時肝をつぶさないようにしないといけない。生肝をポン酢でいただくのだ。何とか少しは潰しながらも外し終え、肝はポン酢に、身は刺身に造る。網焼きはそのまま焼くのだが、苦し紛れにのたうつ姿を見たくないため大人しくなるまでグリルの中で御陀仏願う。後は網の上に熨せて仕上げの焼きに入るが、その香しい匂いが辺りに漂い悦に入る。煮貝は外して切り目を入れた身を鍋に並べ、酒を注いで浸し、しょうゆと味醂と砂糖で味を調える。後は煮るだけだ。ゆで上がった毛蟹は甚だ痛い。全部毛を剃るか抜くかして調理したいものだ。チクチクと刺さる痛みに悲鳴をあげながらその後に来るべき至福の味わいを思いやり忍耐をもって立ち向かった。脚を外し、味噌をこぼさないように甲羅を外す。脚には食べやすいように切り目を入れるのだが、蟹の脚と刺さる手に痛みを分ける。

 大皿に山盛りの毛蟹の脚。小皿にのせた味噌の詰まった甲羅。ポン酢に漬けたアワビの肝。焼き上がったアワビ。そして、刺身。一気に食べ尽くし、友人夫婦と子供達と私はしばし至福の時を味わう。食べた後は、お店で食べたら一体幾らだろうと小市民の性が顔を覗かせる。その夜、毛蟹のおじさんは満足げに見送られて帰途に就いた。家に着いてほっと一息ついたとき突然重大な過ちが口に付いて出た。

「いけねぇ、アワビの煮貝食べるの忘れてた!!」

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