あかべこ日記房総編「よもや雪になろうとは・・」

あかべこ日記房総編「よもや雪になろうとは・・」の巻

平成11年1月松の内

<序>

 雨戸を震わす哀しき風音が聞こえる。冷たい風も暖かい部屋の中に入りたいのだろう、しきりにノックを繰り返す。外から帰ってきた猫の背を撫でるとひんやりとしている。擦り寄るというより人肌の温もりを求めて体を押しつけてくる。テレビの気象情報では全国的に寒波が押し寄せ、日本海側では大雪になっている。なのに関東地方の南部だけはこのところずーっとカラカラに乾いており、風が吹く度砂埃が舞い上がっている。猫の毛に顔を埋めると砂埃の匂いがするほどだ。

 確かに私の部屋は汚い。しかし、その汚さは不潔の汚さではなく、乱雑さの汚さである。整理整頓は本質的に苦手である。雑誌や新聞は次々と上積みされ山となる。従って序列は確定しているため、乱雑さというカオスの中にいわば秩序が存在する。紙物だけでなくビデオテープやフィルム、写真に至るまで秩序をもって散乱している。衣類にしても同じでシャツの山、パンツの山、靴下の山と分かれており、汚れた物はすべて別の駕篭に入れてある。下着は毎日替えて3日に1度洗濯をする。室内乾燥で大体3日だから、3日分の汚れ物、3日分の干し物、3日分の着る物と9着の下着と上着が「3」という数の序列をもって回転しているのだ。これほどきちんとした秩序はあるまいと自負している。尤も秩序と整理整頓とは別だと言われれば元も子もないし、掃除はと言われると返す言葉に詰まってしまう。一応目に見える埃は掃除機で吸い取るが、生憎ひどい近視と乱視でよく見えないため、四角い畳を丸く掃く、否、吸う。要は近視乱視でよく見えない分、汚れもあまり気にならないのかもしれない。ただ、猫には申し訳なく思っている。よく積み上げた本やテープに乗って滑り転げてずっこけて怒りを込めた目でキッと睨まれるのだ。通路が無いほどに積み上げてあるからなのだが、お陰でせっかくの秩序が猫のために壊されているのも事実であることを認識してもらいたい。しかも土足で人の家の中を踏みにじっているのだから・・・。

清澄寺

<その1、寒波にめげず>

 正月明けの最初の土曜日とあって混むかと思われたが、折からの寒波襲来でさほどの混雑は見られなかった。機嫌良く目覚めたあかべこを駆って横浜横須賀道路を目指す。東京湾アクアラインを行こうかとも思ったが、四千円も払うのは馬鹿馬鹿しい。フェリーなら1,550円で東京湾を渡れるのだからはるかにお得だ。横横道路で行っても千円なのだから、遠回りでも快適に走れる方が良いに決まっている。最初から価格設定の段階で利用されないだろうことが分かっているのに、なぜ目先の儲けだけであんな高額な価格を算出するのか理解に苦しむところだ。四輪が四千円なら二輪は二千円でもいいのではないか? 単純な算数の計算なのだけれど・・・?首都高に乗ってからだとプラス700円!? 嗚呼、絶対アクアラインなんか使ってやらないから。

 そんなこんなで横横道路を走っていると、寒いの何の冷たいの何の手が痛いの何の、横須賀辺りでは横殴りの牡丹雪の礫が飛んできた。ヘルメットのバイザーに白い雪の飛沫が飛び散る。雨と違って結晶が残るため次第に眼前が真っ白になってくる。暫しPAで雨宿りならぬ雪宿りをする。ほんの十分ほどで雪は止んでしまった。通り雪か? 料金所を出るとき、「バイクは寒いでしょ。大変だね。」とおじさんに同情とも慰めとも皮肉ともとれるお言葉を頂いた。そして、フェリー乗り場に着くと今将に出航せんとす船あり、「乗りますかあ?」と問われ、慌ててヘルメットをガクガクさせて頷きチケットを買って駆け込む。後はのんびり対岸まで寝て過ごした。

清澄の大杉

<その2、寒波のさなか>

 金谷の港に着いて、内房を少し南下し保田から内陸に入り込む。殆ど車は通っていない。冬枯れの木立を抜け、まばらな民家の側を通るとき、真っ赤な実を付けたピラカンサが目に飛び込んでくる。遠目では赤い房状の実が華やかに映える。そう言えば昨年キレンジャクの大量死が報道され、腹の中からぎっしり詰まったピラカンサの実が出てきたことがあったが、あの事件はその後どうなったのだろう。ただの食べ過ぎが原因とは思えないのだが、私自身周囲からいつも食べ過ぎだと言われ続けてきているので、とても他人事とは思えない。

 鴨川の街までなだらかな起伏の続く道を走る。辺りには休耕田が広がり、葉を落とした木々が思い思いの枝振りを顕わにしている。街の手前で迂回すると海岸通りに抜けた。太平洋が眼前に広がり冷たい潮風が吹き付けてくる。真冬の太平洋の荒波に挑むサーファーの姿がちらほら見える。こんな寒いときになんでまたと非難できる立場ではないことを、冬のライダーは知っていた。しばらく海岸沿いに走り、清澄寺方面に左折するといきなり急峻迫る山道に入り込んだ。路面にはなにやら白い粉が撒いてある。塩化カルシウム、凍結防止剤だ。と言うことは濡れているところは凍っている可能性があり、その凍った路面に乗る瞬間、転倒という痛い場面が脳裏を過ぎる。何度もその痛みを経験しているだけに、恐怖心が先に立ち極端にスピードが落ちてしまう。丁度昼に清澄寺に着いた時は安堵と空腹でへとへとになっていた。まずは腹ごしらえとばかりに門前の食堂に入って月見うどんと肉丼を注文し、待つこと40分。そう言えば4年前にも同じ店に入ってえらく長い時間待たされた記憶がじんわりと甦ってきた。窓辺から差し込む日差しに温もりを感じつつウトウトし始めた時に、「遅くなりましたあ・・」と月見うどんが目の前に出てきた。「月が出た出た・・・」とぶつくさ言いながら一気にうどんを啜ったものの、次の肉丼がこれまた出てこない。空のうどんの器を前に再びウトウト始めると、「ごめんなさあい、遅くなりましたあ・・」と肉丼の登場。やたら甘ったるい汁に閉口しながらも大口を開けて掻き込む。すべてを食べ終えた時、外の方で工事現場の放送が聞こえてきた。「作業開始の時間となりました。皆さん、安全に十分注意して事故の無いように頑張りましょう。」と建築工事における安全衛生対策の名目を果たす用語を並べた女声アナウンスが流れる。よほど大きな工事が行われているらしい。静閑な清澄寺にふさわしくない無粋な雑音だわいとブツブツ言いながら参道を進むと、巨大な本堂!?のような建物が建設中だった。ほぼ外郭はできあがっているものの足場が縦横無尽に渡してあり、大勢の作業員が立ち働いている。以前の広い境内の半分近い面積を占有し、研修センターなる建物ができるらしい。更にかなり大きな仮設現場工事事務所が据えられ、周囲には工事車両や自家用の四駆RVがわんさかと群がっている。清澄寺が汚濁寺になったような雰囲気だ。以前は門をくぐると眼前に「清澄の大杉」のすっくと立った姿が見えたのに、今は工事の足場や事務所が邪魔して奥の方に小さく遠慮がちに立っている風に見える。「天城の太郎杉」のように立ち姿の美しい大杉なのだが、周囲にこれほどの雑多な建造物が出来てしまうと色褪せて見える。側に立って見上げると、大杉のぼやきが聞こえてきた。「ざわざわと騒々しくてかなわんわい。おまけに儂の根の上に大きな建物を造るから重くて重くて、ああ、立ってるのが辛い、ううん寝てみたい・・・。」

少し高い所にある宝物殿の敷地に立つ楠が、そんな下界のざわめきを高見の見物としゃれ込んでいた。大杉とどっこいどっこいの樹齢なのだろうが、幹の太さの割に枝振りが元気ないように思える。見れば足許にはしっかり石畳と石垣がしつらえてあり、かなり前からがんじがらめに押さえつけられているようだ。どうもこの清澄寺の木々は人の勝手な細工で痛めつけられているようで気の毒に思えてきた。食堂で1時間、境内で1時間ぼんやりと時を過ごしてしまった

清澄の大樟

<その3、寒波にめげて>

 清澄寺を後にして養老渓谷に続く道をあかべこが行く。道幅がかなり狭くなり、くねくねと見通しの悪い道が続く。ここは南房総なのに辺りは銀世界。路上はうっすらと雪の絨毯が敷き詰められ、轍を選んでヨロヨロと走る。水たまりは氷が張っている。車体を倒したら最後スリップダウンして痛い思いをすることが分かっている。イル・フェ・ショ!仏蘭西語の寒いという言葉がついつい口に出る。「いる」で韻を踏んでいる場合ではない。あまりの寒さで体に震えが来始めた。房総半島に温泉は無いはずだと思っていたら、路傍の看板に「露天風呂あり」とか「天然硫黄泉」などという文字が踊っている。これは入らねばと「七里川温泉」という入浴だけでも可の宿になだれ込んだ。玄関の周りで数匹の猫が遊んでいる。上がり込んでも誰も応対に出てこない。襖の向こうの座敷では大宴会の最中で、ド演歌のカラオケが聞こえてくる。着膨れしたライダースーツのまま奥にドカドカ歩いて行って声を掛けると、厨房からやっと人が出てきた。「お風呂だけでもいいですか?」「はい、どうぞ、500円です。」しっかりと請求する。

 天然硫黄泉とはいえ、沸かしているのだから鉱泉と言うべきであろう。確かに色は少し黄ばんでいるようだが硫黄の匂いは全く感じられない。しかも、ぬるい。30分ほど大きな湯船で遊んでいるとなんだかほんのりと温まってきた。今時は3時ともなると夕暮れの陽光を呈する。暗い雪道は走りたくないので、いそいそと湯船から脱した。湯上がりなので余分な衣装は小脇に抱え玄関まで行くと、雄猫がアカベコのステップ辺りに体を擦りつけたり匂いを嗅いだりしている。どうやら雌猫である愛しのべべちゃんの匂いがするらしい。微笑ましく思えて見ていると、突然その雄猫が暴挙に及んだ。プイとお尻を掲げると、ピャピャピャピュ!!とオシッコ攻撃をあかべこに仕掛けたのだ。しかも、焼けたマフラーに掛かってジュッと白く湯気が立ち上る。いや、尿気か?「こおらあ!!」と大声を上げて表に飛び出したときには、とっとと逃げていってしまった。あかべこの周りは立ち上る湯気に混じって鼻の曲がりそうな雄猫の発情期独特のオシッコの匂いが漂っていた。「このバカヤロオ・・!」と寂しく哀しく側の蛇口のホースの水で洗い流す中年ライダーであった。

 その後の道のりは雪も無く快適な走行を約束された筈だった。「筈だった」という過去形は、当然その後に来るべく悲劇を予感させるに十分な言い回しであろう。温泉で温まった体で高速走行すると一体どういう結果をもたらすものか、十分に実感しているこの1週間である。「湯冷め」を軽んじる無かれ。こっぴどく風邪をこじらせ、ウンウン呻って寝込んでしまったバカな中年ライダーの姿が其処にある。


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