「亀仙人、春に謳う」

平成12年卯月

ベベパパこと森みゃお記す

<つばくろに 軒下借りて 雨宿り>

 コブシ明け方まで激しい雨が降り風が梢を揺らしていた。前の日は終日雲が重たく垂れ下がり鉛色の空から絶え間なく雨粒が落ちてきていた。そんな夜を過ごし翌日も同じだろうと高を括って猫と共に夢の中で遊んでいた。腹が減ったのであろう猫の朝の口付けならぬ冷たい鼻面を顔に押しつけられて眠りの底からぽっかりと浮かび上がった。猫を両手で抱き上げ窓の方に向けると眩しい日の光でシルエットになる。前日は鉛色だった空が抜けるような青空になって見上げる瞳の孔を小さく縮めてしまう。
えっ、こんな筈じゃなかったのに・・。近頃天気予報不信に
陥っているので裏切られた思いがした。時計を見ると9時を廻っている。夜明けからの3時間を損した気分だ。慌てて身支度をして丁重に猫に別れの挨拶を済ませそそくさと亀仙人を引っぱり出して走り出す。もちろんアカベコにも丁重に挨拶をして・・・最近あまり構ってやれないというより余りにもこの1年半で酷使し過ぎてしまったので温存しているつもりなのだ。巨体に似合わずポロロロと軽い音を響かせて住宅地を抜けて行く。庭先のシデコブシやハナモモが少し盛りを過ぎて色褪せて見える。
一気に玉川街道に出て相模川沿いを遡った。川沿いの田
圃にはレンゲ畑がピンクの絨毯のように広がっている。その絨毯に寝そべってみたい衝動に駆られたが果たして巨大な幼児体型のオヤジがレンゲ畑でゴロゴロしている姿を一体誰が微笑ましく見られようか。そんな儚い思いを振り払って宮ケ瀬から青野原へ抜けようと思ったのだが、慌てて出てきて何も口にしていなかったので些か腹の虫が騒ぎ出した。見ると路傍に「とんちき弁当」の幟がはためいている。何が宮ケ瀬名物なのか分からないまま戸口をくぐると愛想のいい青年が迎えてくれた。弁当ではない定食を注文して待つうちに、何やら表から黒い小鳥が囀りながら戸口から飛び込んできた。ツバメだった。遙々南の国から渡ってきてこの店の中に新居を構えるべく巣を掛ける場所を探しているらしい。青年曰く、

シバザクラ「去年は外の軒下に作ったんですけれど巣立った後壊してしまったんで今年は中に作るつもりみたいですね。毎年来てくれるのは嬉しいんですが中に作られると戸が閉められないし、糞の処理が大変なんですよ。」

そんな人の気持ちが通じるはずもなく、何度も出入りを繰り返して巣を掛ける場所を特定しているようだ。そういえば二日ほど前の雨の日にたまたま雨宿りした商店街の軒下に燕が巣作りに励んでいたのを思い出した。昔から春告げ鳥とはホトトギスのことを指すようだが、都会にあってはツバメこそが春を告げる鳥なのかもしれない。

普通のポークの味噌炒め定食のような宮ケ瀬名物を食した後、青野原に向けて走り出した。沿道には緑の若葉が目立つようになった桜が盛んに花吹雪を撒いている。ピンクのハート型の花びらが目の前のバイザーにほんの少し寄り道して土に帰っていく。道志川を渡る頃には周囲の山々の表情が萌葱色に輝いていた。

<露乾き 萌葱の山に 聲嬉し>

 長い雨と風に洗われた山の表情は清澄だ。春霞は何処へやら長い冬の眠りから覚めたばかりの梢の芽吹きがそれぞれハナモモの持つ萌葱色を輝かせ山肌を斑に染め上げている。山里のあちこちに目を遣ると淡いパステルカラーの新緑の中に淡いピンクの山桜、黄色の山吹、鮮やかな赤紫のミツバツツジ、濃いピンクのキクモモ、紅白に染め分けたハナモモ、そして庭先に敷き詰められたピンクの絨毯のような芝桜が各自の艶やかさを主張している。青野原から秋山にかけての山道はたおやかな曲線を描いてうねうねと続いており、華やかな色彩のアーケードを通り抜けるかのようにひらりひらりと舞うが如く亀仙人は軽やかに走っていた。時折聞こえてくる小鳥の囀りは山に戻った鶯が自慢げに正しい発音で法華教を唱えたり、ミソサザイが甲高いソプラノで饒舌な演説をぶっているかのようであった。道端で遊んでいる子供達の歓声が混じりさながら春の嬉しげな歌声として心地よく耳に入ってくる。時折倒し込んだコーナーでステップが路面に当たり肝を冷やすこともあったが、この季節の風景をのんびり見ながら流れるように走る気持ちよさは何事にも代え難い。本人は相当ゆっくりとのんびり走っているつもりなのだが、前方を走る街頭レーサー気取りの若いライダーのバイクに静かにアッという間に追いつき追い抜いてしまうと後からなかなか追いついてこない。結構巡航速度が速いようだ。

 秋山から都留を通り大月をまわって笹子峠を越える。トンネルは景色が見えないから面白くない。秋に訪れたときはそれはもう紅葉が素晴らしく美しかった。鋭角的な色彩の秋の紅葉に比べて春の萌葱の山々はどことなく朧気な色彩で新生児の産毛の様でもある。冬の眠りから覚めて眠い眼を擦り擦り大欠伸をしているといった風情かもしれない。尤もその大欠伸が花の満開になるのだから楽しいことこの上ない。萌葱の山を背景に濃いピンクのキクモモと赤紫のミツバツツジがそろって欠伸をしている様は実に微笑ましい。

ミツバツツジ笹子の峠を下るにつれて体がじっとり汗ばんできた。甲府盆地に入ったからなのか気温が高いようだ。勝沼から山梨に向かう辺りから桃畑が広がり始める。先週満開の桃の花を見に来た時は生憎の雨模様で視界が悪く、おまけに寒さでがたがた震えせっかくの桃源郷が凍源郷となって悲惨な思いをしたものだ。一週間経って桃の花の盛りは過ぎ、摘蕾も済んで後は実の生るのを待つばかりとなっている。高台にある山梨フルーツパークまで登り、一宮、御坂、石和を見渡すと盛りは過ぎたとはいえ桃色に染まった桃源郷が遙かに広がって見えた。見て嬉しく美しく食べて美味しい桃は至福の華だと私は思う。独断的と言われようが構わない。真実、美しく美味しいのだから。

<馳せ行けば 萌葱の里に 雉の聲>

 帰り道は脇目もふらず同じ道、ただひたすらにアクセルを煽った。のろまな亀と名付けたバイクではあるが本質的にはアカベコと同じ心臓を持つ故にその潜在能力たるや凄まじいものがある。侮る無かれ亀仙人、しっかり走り曲がり停まることで全くの不安が無い。コーナーでステップを擦ると同時にエンジンガードも路面に当たる。その度にちょいとハンドルを手首の動作だけで起こすと何事も無かったかの如くするりと抜けて行く。急な上り坂でも手首の返しのアクセル動作で一気に加速して登り詰め、軽くジャンプしてトンと接地するとすぐに次の下りコーナーに突っ込んでいく。ボクサーエンジンだからかアクセルを戻しても余りエンジンブレーキが効かないが、ブレンボの前後ABS付のブレーキは強力に制動を掛けてくれる。タイトコーナーに突っ込む寸前にリアブレーキペダルを思い切り踏んづけるとタイヤロックもせずにガクンと速度が落ちる。同時にフロントブレーキも掛けるが倒し込む時に右手はレバーから解放しリアブレーキを引きずりながらアクセルを開ける。ステップとエンジンガードが擦れようが構うことはない。アクセル動作で車体は瞬時に起きあがり次のコーナーに向かって反対側に倒し込んでいく。下り坂の一番落ち込んだところのギャップでサスペンションが急激に圧し縮められる。その時のうのうとシートに尻を落ち着けていると激しいショックが腰を襲亀仙人の勇姿う。一度それをやって腰の蝶番が外れたかのような激痛に襲われたので必ず尻を浮かせてややスタンディングポジションをとるようにする。荒れた路面の時もオフロード走行のように立ち上がったまま駆け抜ける。クルーザーでそのスタイルができるのもステップをノーマルより6cmバックさせているからだ。別にスタンディングを意識してバックさせたわけではなく、ノーマルのステップ位置では30センチの巨大な足先が出っ張ったシリンダーヘッドに当たってシフトペダルやブレーキペダルが踏めないだけなのだ。何が幸いするか分からない。巨大なクルーザーに巨大な男がスタンディングポジションでダートを脱兎の如く走り抜ける様は奇異に見えるらしい。道路工事中の場所で舗装を剥がしたダートをかなりの速度で走っていたらツーリングの一団のライダー達が呆気にとられて見ていた。当人はアカベコGSと同じように走っていたつもりだったのだが・・・。

 さらに山中を駆けめぐっていたとき、いきなり前方の草むらから美しい鳥が姿を現した。雉である。野生の雉は艶やかな羽が青く光り赤いアクセントが映えて美しい。思わずバイクを停めて見とれてしまったが、一声鋭く啼くとさっと飛び去っていった。

 快適な山道から箱車蠢く玉川街道に入っても亀仙人はその速度を落とそうとはしなかった。まさに兎の如き素早さを見せて群れなす箱車の隙間をすり抜けて行く。後ろには親亀ならぬ親鳥の後を付いて行く雛鳥の如きバイクが続き、亀仙人は体よく露払いの役目を果たしていた。

 帰り着いた時には心地よい気怠さと軽い疲労感があったが、いい道を走った、美しい花を見た、いいものを見たという満足感が五体に満ちていた。

亀仙人:のろまな亀のごとき1200ccのクルーザー故「かめ」「せん」となったナリ
ベベパパとは? 答えは5ページ前に!



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