あかべこ日記夏空編

あかべこ日記夏空編 「虹に向かって走れ!」

平成11年葉月

ベベパパこと森みゃお記す

<1.暑い!>

 寝苦しい夜だった。昼間の暑さに加え連日の熱帯夜で汗みどろのシーツの海を泳いでいた。カラカラ天気かというとそうでもない。忍び寄る低気圧は激しくその雨の斧を振り下ろし多くの人々の命の綱を断ち切っている。雷雲の立ち去った後には無惨な傷跡とムッとするような湿気を残して行く。それがそのまま夜の静寂の中で耐え難い残熱となって夢の中からシーツの海へ引きずり戻す。流石に猫は暑苦しいシーツで寝るようなことはしない。外の涼しい場所を選んで安らかに眠っているのだが勝手なもので黎明の中にもかかわらず空腹を訴えて啼き続ける。熱波と猫のおかげで寝不足が続く。

 前日にいつもの宿に連絡をした。普通なら「おいしい物作って待ってるからネ。」と言いそうなものだがいつもの宿だけに「ネ」が前の方に飛び越えてしまった。

「おいしい物作ってネ、待ってるから。」

 いつもの美ヶ原温泉方面に行こうとアカベコに巨大な三個のケースを取付け暑いからとTシャツだけで走り出した。早朝というのに日差しは強くジリジリと肌を焼く音が耳元に届く。吹き出る汗がジュッと蒸発して空中に飛散する。天気予報では関東地方は快晴なのだが東海地方から中部地方にかけては雨模様らしい。

占い師に聞けば「今日は降るような天気じゃない」と答えるだろう。しかし降ったとて文句を言っても取り合うはずもなく「だから言ったじゃろ。今日は降るような、天気じゃない」と。句読点は話し言葉では見えないのだ。天気占いは文書で交わす必要があると思う。

 横浜青葉から東名に乗ったときは実に良い天気だった。その「だった」はほんの数分後には「筈だった」に変化した。丹沢方面から真っ黒な雨雲がものすごい形相で迫ってくる。慌てて海老名のSAに入り込み建物の中に入って振り返った途端バケツどころかタライや風呂桶をまとめてひっくり返したような激しい大粒の雨が辺りを覆った。雨足がぴょんぴょんと激しいステップで舞い踊っている。中には物好きなライダーも居て止むのを待たずに合羽を着込んで走り出す。いかに自分が雨男とて一番激しい最中に走るような無謀な真似はしない。それは川の中州でキャンプして濁流に呑まれるのと同じことではないか。半時間ほどで雨は降り止みあのものすごい形相の雨雲は後ろ髪を靡かせて走り去っていった。しかし御殿場方面には雨雲の残党がいるだろうから油断はできない。一応暑いのを我慢して合羽を着込み再び走り出した。秦野辺りで軽く雨足に踏みつけられたがその後は路面も乾き御殿場まで何処降る雨のごとき風情だった。

<2.寒い!>

 御殿場から富士スカイラインに入り込んだ。自衛隊の演習場の中を通り抜ける道なのだが丁度演習の最中で道端のあちこちに歩哨が立ち、覗こうとすると「止まらないで!」と諭されてしまった。木立の中を通る道は行き交う車も殆どなくどんよりと曇った空の下に黒く繁った梢を自由に伸ばしている。混淆林なのだろうが路傍に織りなす木々のモザイクは同じ仲間でかたまっていた。ミズナラ林を抜けダケカンバのトンネルを抜けると突如アカマツ林が出現する。かと思うとブナの木々が大集団を形成していたりする。

木々の葉が吐き出す水蒸気がひんやり
と冷気となって首筋や袖口から忍び込む。あれほど暑かった下界に比べてなんと寒いことよ! スピードを上げると風圧で体感温度が尚更下がってしまう。まだ二合目辺りだというのに歯の根が合わない。雨具はあっても防寒具なんてこの時期持ち合わせていないから我慢の走行を強いられることとなる。

 この季節街に咲き誇るサルスベリの花が美しい。白、薄いピンク、濃いピンク、ほとんど赤の花房が幹の太さ、若木や老木の隔てなく皆一様に同じような大きさでたわわに咲いている。園芸種としてのサルスベリは人気があるらしくちょっとした庭付きの家々では必ずと言っていいほど植わっており、住宅街の庭木や街路樹として鮮やかな色彩を織りなしている。富士の裾野に広い苗圃があった。サルスベリばかりの花の饗宴で見渡す限りにピンクの花房が広がっている。それにしても花の色の暖かさに比べて道の空気のあまりの冷たさよ。

走り
ながら口に出る言葉は「寒い!・・寒い!・・冷たい!・・冷たい!ガチガチガチガチカチカチカチ・・)」

<3.旨い!>

 朝霧高原から本栖道に入り下部町の道の駅で一羽のアヒルと仲良しになった。とことこひょこひょことお尻を振り振り歩く様は実に可愛い。近寄っても逃げない上に足元にすり寄ってきて懐くのだ。あまりの可愛さに抱き上げたらこれまた騒ぐでもなくデレーッとしなだれかかってくる。丸焼きにして食べたら旨いだろうが、こう懐かれてしまうと情がわいてしまってうまくない。かといって連れていく訳にもいかず仲間の所に持っていこうと池にいるアヒル仲間の所に行ったのだが、池に放した途端グァグァグァグァと他のアヒルが襲いかかってきて彼の愛しのアヒルちゃんを追い出してしまった。どうやら仲間外れにされて寂しさの余り人に懐いていたらしい。隅に追いやられたアヒルちゃんの前に行くとグググググァグァと涙して嘆くのでしばし悩みと愚痴を聞いてやった。

「グググァググァ・・グァグァグググ(別に好きでアヒルやってる訳じゃないんだよ。なにさ、ちょっと色が違うからって仲間外れにするこたぁないじゃないか。)」

あひるちゃん「そうだよねえ、ホントひどい奴らだねえ。だってアンタの色はちょっと白いだけじゃないかねえ。・・・えっ? ひょっとして、あなたって・・白鳥!?」

「グェッ!? グググェッ!(えっ!? とんでもない!)」

とバカな会話を一人でおこなって立ち上がったら側で出店を構えていたおばさんがニコニコ笑いながらおいでおいでをした。

「あんた鳥の言葉がわかるんかねえ。たいしたもんだ。・・ほれ、このキャラブキおいしいよ。食べてみねえ。」

結局キャラブキとピーマンを一袋買う羽目になってしまった。

 キャラブキをトップケースにしまい込み、空腹を抱えて身延道へと渡り甲州街道をしばらく行って小淵沢へと走り抜けた。確かこじんまりとした民家風の蕎麦屋があった筈。と、道端にベニヤの切れっ端に「手打ち蕎麦」と割ときたない字で書いてあるのが目に留まった。狭い坂道をずいっと登ったら何やら普通の民家の庭先に入ってしまったのだが、縁側から出てきた人がぺろぺろ唇をなめておいしい口をしていたことからどうやらその民家の座敷で蕎麦が出るらしい。ノソノソ縁側から上がり込んで座敷のテーブルにつくと女将さんらしい人が出てきた。注文はと壁に貼ってある品書きを見るがもり蕎麦しかない。一枚では足らないだろうと二枚注文した。

奥に入って「二枚です」
と亭主らしい人に伝えたのだが、それから徐に麺棒を取り出しこねこねと蕎麦を打ち出した。そう、客の注文を聞いてから蕎麦を打ち出したのだった。これは時間がかかるだろうな、腹減ったな、待ちきれないな、でも待つしかないなと諦めて待つうちに蕎麦猪口と香の物の沢庵が出てきた。その沢庵を何気なく口に入れた時思わず口に出してしまった。

「旨い!」

蕎麦よりもその沢庵の味が気に入ってしまった。コリコリと心地よい歯触りと田舎漬けらしい風味が口一杯に広がり、蕎麦が出てくる前に小皿の沢庵を全部平らげてしまった。やがて奥でトントントントンと蕎麦を刻む音が聞こえてきた。刻み終えたら生蕎麦の場合茹で時間は数十秒だろう。後は冷水で絞めて盛りつければ3分以内に目の前に来る筈だ。そしてきっかり3分経った頃お目当ての蕎麦が登場した。蕎麦つゆは少し濃い目だ。わさびは本わさびをすり下ろしたばかりのもので刻みネギとともにつゆに溶く。箸にかかる細めの蕎麦がさらりと持ち上がる。どこかの蕎麦のように複雑に絡み合い纏わり付いて長々としだり尾のごとく立ち上がらなければならないなんてことは無い。ほんの目の高さまでで裾が止まり適度な量で蕎麦猪口のつゆに浸ってゆく。

ずずーっとすすれば蕎麦の香りが鼻腔に広がり噛みしめればぷつぷつと
適度な堅さをもって舌の上に細かく敷き詰められる。噛むほどにつゆに染まった蕎麦が舌の上で捏ねられ嚥下と同時に喉元をするりとすり抜け食道の蠕動運動で肺の間を通りドクドク鼓動を続ける心臓にちょっとびっくりしながら噴門から飛び出して胃袋の中に収まる。その胃壁に着地した瞬間までの時間の経過で再び脳の感覚細胞の中を「感動」という感情がありきたりの言葉に転化して駆け巡った。

「旨い、旨い、旨い、旨い・・・・」

 帰りがけにふとパックされて山積みになった沢庵が目に留まった。

「この沢庵、さっき出た沢庵と同じ物ですか?」
「はい、同じです。」
「じゃあ、一本下さい。いやあ、あの沢庵おいしかったもので・・。これ自家製ですか?」
「いいえ、東京の工場から取り寄せています。」
「へっ?!・・・・じゃあ、何処でも売ってるものですか?」
「ええ、たぶん・・・。」

先入観というか環境が結構味覚にも影響するものである。よく見れば「浜食」という調布にあるメーカーでよく近辺を通っていたのだ。「きゅうりのキューちゃん」も小皿に盛られて出されたら結構いけるものなのだ。まさか蕎麦も?と勘ぐって厨房をちょっと覗いたらちゃんと亭主がそこで打っていた。

 八ヶ岳の峰峰には雨上がりの雲が懸かっており、風に飛ばされて次第に稜線が露わになってくる。麓を走る道は実に気持よく、路傍にはムクゲやモミジアオイなどが咲き乱れ、所によってはコスモスが見られる。高原には一足早く秋が訪れているようだ。

<4.きれい!>

 「お茶の時間に間に合いましたか?」と突如雪崩れ込んだ大男に先生方びっくりしたようだ。もう17年松本市教育文化センターに通っているので、職員も私の事を殆ど家族同然に扱ってくれている。何と言ってもそこでは私の方が古株なのだし、大体の職員は小中学校の校長先生や教頭先生の人生第二の職場なのだ。つまり還暦前後の年齢の先生方ばかりで3時のお茶の時間にはみんなでお茶菓子や果物や漬け物等を持ち寄って談笑するのが日課となっている。そこへ丁度間に合うように大男がキャラブキを手みやげに訪れたと言うわけである。

「おお、いいとこにおいでんさった。今日は松本平のおいしい葡萄があるからほれっ食べなせえ。」
「じゃあ、こっちは身延の山奥でおばあちゃんがコトコト煮込んで作ったキャラブキがありますから一緒に食べましょう。」

と老若男女入り乱れてのお茶会が始まった。

今年の葡萄はよく照って雨も十分降ったもんだから出来が良いらしくなかなか甘みがのっている。キャラブキの評判もなかなかよろしい。もっと買っておけばよかった。

 しばらくして職員の女性、副所長の肩書きを持つが年齢は私と同じくらいかもしれない人が「ねえ、バイクに乗せてよお。」とおねだりを始めた。私は原則としてタンデムをしたくないのだが、相手が女性ならば話は別である。スペアで常備しているフルフェイスヘルメットを渡し、後ろに乗せて走りだしたのだが、かなりの力強さでしがみついてくる。別に不快ではないのだが息苦しい。胸の辺りをぐいぐいと締め付けるのである。

「い、息ができない・・よ。く、く・・苦ちい・・。」

と、走りながら彼女のしがみつく手を腹の辺りまで下げたのだが、危うく大事な物を掴まれそうになったので慌ててベルトの辺りに手をつかんで導いた。

「大丈夫だから、後ろのケースが背もたれになるからもう少し楽に乗ってよ。」
「だってぇ、こわいんだもん。」

虹結局背中にのし掛かられる状態で走ることを余儀なくされた。何処でもいいから走ってとのことなので、お気に入りの塩尻に向かう山麓道路を行って花畑の所まで走った。路傍の畑に春から秋までいろいろな花々が植わっており、その道を通る人々の目を楽しませてくれる。サルビア、マリーゴールド、インパチエンスなど色鮮やかな花々が咲いていた。少し時期を過ぎたきらいがあるが見ている方も少し賞味期限が過ぎているので大して気にしない。そして、ふと山の方を見遣って思わず叫んでしまった。

「うおおお! 虹だあ! きれい!」

山裾に架かる虹は180度近い円弧をもって橋を形成していた。赤橙黄緑青藍紫のくっきり色分けされた虹の橋が鮮やかに輝いていた。そして更に上方にもう一本やや薄い色の虹の橋が架かっていた。まさに虹の二重橋だ。しばしその風景に見とれていた二人であった。

 やがて陽も翳ってきたので帰途についたのだが、男の私の経験から女性を抱くことはあっても、あれほど強く女性に抱かれる経験は初めてだった。

<5.旨い?>

 「おいしいもの作ってネ、待ってたよ。」

と、いつもの民宿に迎えられた。材料は何があるのと問うてもその辺にあるもので作ってよとのこと。卵とナスと自家製プチトマトはふんだんにある。冷蔵庫の中にスイートバジルを見つけた。ということはイタリア風お惣菜になるなと頭の中でメニューを組み立てメインディッシュをトマトのイタリア風オムレツと決定するに至った。

 卵を10個ボールにとき、プチトマトを一つ一つ半分に切り分ける。本当は皮を湯むきしたいのだが面倒なのでやらない。フライパンにオリーブオイルをたっぷり注ぎバターを一塊り50gほど溶かす。少し煙りが上がる程までに熱した所に溶き卵を一気に流し込み手早くかき混ぜながらトマトをばさっと放り込む。フライパンを大きく揺すりながら塩コショウで味を付けスイートバジルを千切りながら加える。本来ならばモッツアレラチーズを入れるのだが、私はチーズが嫌いだ。だから入れない。その代わりでもないがバルサミコを少々垂らしてイタリアの風を吹かせてやる。簡単だが火加減とフライパンとのかね合いが難しい。卵を焦がしてはいけないし卵とトマトが生であってもいけない。バジルが熱で小さくなり過ぎてもいけない。トマトの赤、卵の黄色、バジルの緑のトリコロールが鮮やかに仕上がってこそこのオムレツの真価があるのだ。

 で、仕上げは上々。我ながら旨く仕上がった。皿に取り分け食卓に運ぶ。もちろん他にも似合わない取り合わせの料理をいくつか作った。松茸ご飯にタマネギのみそ汁。例の沢庵を蒲鉾状に刻み、ナスとピーマンの炒め物も付け加えた。それだけあれば十分であろう。食卓の爺さん婆さん母ちゃん娘の4人家族に料理人の私が加わって食べ始めた。

「どう? 旨い?」
「・・・・・・・」

婆さん一口食べただけで残してしまった。

「あたしゃトマト嫌いだもん。」

だったら嫌いなもの畑で作らないでよ。ましてそんな嫌いな物を使って料理しろなんて言わないでよ。

<6.気持いい!>

 高原の道は実に気持がいい。翌朝は早々に出立して三才山トンネルを抜けて上田に入り、小諸から北御牧村、野辺山へと高原の道を駆け抜けた。アカベコも気持ちよさそうにグルグル軽快な音を立てて走っている。普段なら同じ系統のバイクのライダー同士で挨拶を交わすのだが、あまりにも気持がいいと高原で会うライダーはそのバイクの車種如何にかかわらずお互いにニコニコしながら挨拶を交わすものなのである。

「イヤッホー! キモチいいっすねえ〜!」
「ホント! サイッコー!」
「どこ行くのお〜?」
「あっちー!」
「へえ、いいねえ。」

何がいいのだか分からないけれど、いいものはいいのだ。気持いいことはいいのだ。

 後日、山梨の都留から道志に行こうとして一本間違えてしまい秋山に入り込んでしまった。一つ山越しゃよさほいのほいとばかりに秋山温泉の脇から山の中に分け入った。途中道行くおじさんに問うた。

「この道道志に行けますか?」
「ああ、行けるよ。」
「はい、ありがとう。」

とさっさとアカベコを発進させて行く後ろの方で小さくなっていく声が聞こえた。

「かなりきついよ。あぶないよ。」

あかべこ まだまだ走れる簡易舗装の狭い道が峠に続く。次第に傾斜がきつくなり落石が目立ち横から木々の枝やイネ科の植物の長いとがった葉先などが行く手を阻みだした。峠近くになると殆ど舗装は割れてガレ場に近くなってくる。そして峠を越えた瞬間、面白い道だとほくそ笑んでいた顔が恐怖の引きつり笑いに変わった。未舗装というより完全なるガレ道の獣道に近く、30度近い急傾斜が峻立して逆バンクになった先には奈落の底に通じる崖が大口をあけて待っている。急坂を逆落としになるような感じで峠を越えたため戻ることもできず、当然Uターンなんてできる場所ではない。しかもブレーキをかけてホイールをロックしてもズリズリ滑り落ちて行く。何といっても40,40,50,30リッターのサイド、トップケースとタンクバッグに荷物満載にして約300キロのアカベコGSにフル装備の体重90キロの男である。ガレ場の急峻の途中に留まれと言う方が無理なのかもしれない。少し山側に体重を移動してアクセルをあけるとホイールスピンをしながら石ころや土を崖下に飛ばして余計に下へ滑り落ちて行く。思い切って重心をまっすぐにして斜面に直立するようにしてアクセルを開けたとき、ガレ場の石ころを飛ばしきったあとの地面にタイヤが着いてグリップが回復し盛大に土を巻き上げながら何とか崖っぷちから立ち戻った。

しかし、まだまだ苦難の道は始まったばかりである。泥濘とガレと砂利が織りなす苦難の峠道は所々水の流れが横切り、その流れが深く溝を掘り、苔生した岩肌の露出するところを滑るように走り降りた。悲鳴が口から飛び出そうになるのを必死に堪え、苦難の道を楽天の道だと意識変革をすることによって「きゃっほっきゃっほ」と自意識の中では黄色い悲鳴を上げてバランスをとりつつ馬鹿でかいバイクを操っていた。一体何処まで続く苦難の道ぞ?結局麓の道志みちに合流するまでガレ場の泥濘道は続いたのであった。

後に地元の人間に聞いたところによると、

「ええっ? あの道を走ったの? このデカイバイクで? よく生きて帰れたね。あの峠道は地元の人間も怖がって近づかないよ。」

近道をしようと考えた浅はかな男の行為は客観的な見地からは非常に危険な行為だったようである。

 晩夏の山には初秋の風が吹いていた。

気持いいという感覚はあくまでも主観的な感覚であり、その主観は意識の持ちようで良くも悪くも変化させることができる。潜在意識は非常にフレキシブルな性格を持っている。恐怖を笑い飛ばし、苦難を脳天気に切り抜ける。お化け屋敷を大笑いしながら通り抜ける神経をもっていれば、どのような危険な状況に陥っても笑いながら生還できるのだと実感した脳天気ライダーであった。 

 ベベパパとは??
答えは二ページ前に!

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