あかべこ日記阿武隈編「狭き門」

平成11年長月

ベベパパこと森みゃお記す

<1.ひたち>

 なぜ災いが露呈するのか。神の意志に依るものであっても、人に手に依るものであっても決して隠し通せるものではない。ましてそれが危険なものであれば尚更隠すべきものではない。人は目に見えないものに対しては無関心でありすぎる。言葉だけの安全を神話に祭り上げている。「安全神話が崩れた」などと言うこと自体思い上がっていることの証拠ではないか。「安全」はその言葉通りならばパーフェクトの意味を成す。人間の作った物にパーフェクトはあり得ない。だからこそ神の言葉に置き換えて安全神話とごまかしているだけなのだ。

稲刈り

 私の通る所必ず災害が起きる。雨男の所以の自然災害だけかと思ったらそうでもないらしい。9月の末にみちのくに向かうべく常磐道を那珂ICで降り、裏道を抜けてR349をひたすら走ろうとしていた。その裏道を通った所に後の臨界事故を起こした工場があったのである。もし、一週間早くあの事故が起き、誰にも知らされずに隠蔽されていたらもろに放射能を被っていた可能性があったのである。今思えばぞっとする。しかし、その時はのどかな気候も相まってのんびりとガラガラの国道をアカベコで流していた。

 稲刈りの時期でもあり、あちこちの田圃でコンバインが忙しく立ち働いている姿が見受けられる。今時人手で稲刈りをしているところは滅多に見られない。能登の千枚田のような斜面に作られた田圃でなければ手で刈ることなんかないのであろう。きれいに刈り取られた稲が干されている風景は何となく郷愁を感じさせる。おっと私の本性が田舎っぺということが露呈してしまった。

蕎麦畑

 里美村から矢祭町に至る国道は新しく整備され、ゆったりとした道幅が谷間を縫って続いている。路傍には色とりどりのコスモスが咲き乱れ道行く旅人に喝采を送っているかのようだ。R349にこだわるつもりで矢祭で右折したらとんでもない山道に入り込んでしまった。国道とはいえ様々な表情を持っている。谷間に広がる蕎麦の白い花の絨毯が美しい。狭い畑には蒟蒻の花が姿勢良く行列している。そう此の街道は私の中では「蒟蒻街道」と銘打っていた。

 鮫川村に入る道すがら面白い物が目に入った。棚からブランブランとぶら下がっている瓢箪だ。一つとして同じ格好の物がない。奇妙な果実たちは棚から縮こまり、のんべんだらりと垂れ下がり、きちんとヒョウタンしていたりと愛嬌を振りまいている。何とも親しみの持てる連中ではある。

瓢箪

 のどかな田舎道をトロトロ流していると、肌の少々荒れた大きな木が目に留まった。根本に小さな立て札があり「定ケ作のケヤキ」とある。古殿町指定の名木だそうな。民家の生け垣に半分埋もれるように立っており、道に面した方だけワンレングスの枝を茂らせている。遠目にはワンレン肌荒れの中年おばさん風ケヤキだった。

 この国道はいろんな表情を見せてくれる楽しい道だ。

 小野町に入るとやたら「小野小町の故郷」という看板が目に入る。確か秋田県の雄勝町も「小野小町生誕の地」と言っていたような気がする。一体小野小町は何人いるのだろうか。それとも架空の人物ヒロインなのだろうか。お互いが生誕の地と主張するより松尾芭蕉や与謝野晶子が立ち寄った地に歌を残すように、小野小町ゆかりの地とした方がいいと思うのだが・・・。小町温泉もあり「美人の湯」と謳っているが、果たして美人は居るかと見回したもののそれらしき美人は見あたらなかった。

定ケ作のケヤキ

 

<2.あぶくま>

 「あぶくま洞」は私の中での美洞ベスト5に入るところだ。TOPは岡山県の「井倉洞」No.2は岩手県の「龍泉洞」No.3が「あぶくま洞」でその後には大分県の「風連洞」群馬県の「不二洞」岐阜県の「飛騨大鍾乳洞」と続く。山口県「秋芳洞」や奥多摩の「日原鍾乳洞」がなぜ十指に入らないかというと大きすぎて鍾乳石が良く見えないのと観光客が多すぎることが弊害となっている。日本国内最長と言われる岩手県の「安家洞」は全体的に鍾乳石に泥がついているような汚れが目立ち、しかも天井が低く500m程の距離を中腰のまま進まねばならず、苦難の腰痛行脚を強いられる。現在はより深部を探索中とかで閉鎖されており学術対象の洞窟となっている。観光洞窟で腰痛必至の洞窟といえば埼玉県の秩父にある「橋立鍾乳洞」が最たるものであろう。「安家洞」が平坦な腰痛洞とするなら「橋立洞」は上へ下へと曲がりくねった狭いきつい苦行の洞窟といえる。更にそこは山伏の修行の場でもある故神聖な洞窟とされており服装や携帯物などに厳しい制限が加えられる。しかしながら鍾乳石の美しさでは所々傑出したものが見受けられる。

 あぶくま洞は素通りして少し北にある入水鍾乳洞を目指した。大がかりに観光洞窟化されているあぶくま洞と同じ山系にあるのだが、こちらはこぢんまりとして人影は疎らであった。名の如く全体を通して水が洞内に溢れ流れているため、入洞には合羽、長靴などの準備が必要である。近くの茶店でそれらの衣装を貸してくれるのだが、その時一本のローソクも手渡される。洞内には照明がないためローソクの灯りを頼りに進まねばならない。そこで怖じ気づいたら中には入れない洞窟なのである。思い切ってローソクを片手に入り込むといきなり巨大な岩が前方に立ちはだかる。斜めに切れ込んだ岩の裂け目に大きな体を押し込もうとするとまるで地球にサンドウィッチされているようだ。もし地震が起きてその巨大な岩が動き裂け目が閉じてしまったらと想像するだけで冷や汗が流れる。それほどの圧倒的な質量をもって立ちはだかっているのである。思い切り息を吸い込み腹を凹ませてグイグイ斜めになった体を押し込むと今度は胸がつかえる。そこで息を吐いて腹を凹ませたままズリズリと横に這うと尻がつかえる。旨く呼吸を調節しB・W・Hのスリーサイズを変化させながら斜めに平べったくなった体をずらしてその隙間を通り抜けた。さらに低い狭い通路が続きしゃがんだまま這うように進む。とても鍾乳石を観察しているような余裕はない。水の噴き出る穴のところで一息つくとその先は真の闇が支配する洞窟だけが口を開けて待っている。カメラのストロボで一瞬のうちに行く手を確認したら下は膝までありそうな深さの水に満たされ低い狭い通路が続いている。しかも地球のサンドウィッチ状の迫り来る裂け目がちらりと見て取れた。

あぶくま「狭き門」

「やめよっと。」

奥の方で地球にサンドウィッチされて身動きとれなくなり、ローソクの灯りが消えて真の闇の虜になったところを想像したら途轍もない恐怖心が湧き起こりいそいそと出口に急いでしまった。なぜかあれほど苦労して通り抜けた岩の裂け目もすんなり抜けられた。一瞬の恐怖で痩せたのかもしれない。外に出たときの安堵感は生きていて良かったというものだった。同時に中でかいた冷や汗が外の暑さでじっとりした汗に変化した。

 入り口付近でこれから洞窟に入ろうとするでっぷりと太ったオジサンに出会った。

「今から洞窟に入るんですか? その体格だとちょっと難しいですよ。」

「そうですか。でも、行ってみます。」

と別れたが、5分後駐車場にいるとすごすご帰ってきたオジサンが、

「やっぱり駄目でした。入り口で追い返されてしまいましたよ。」

と照れくさそうに笑った。

我々のような巨漢には「狭き門」であった。

<3.なるこ>

 時は昼也。腹の虫も囀りはじめ入水鍾乳洞と大書した広い門の前にあるラーメン屋で味噌ラーメンを啜り込むとそそくさと走り出す。R349にこだわって進むこと小一時間で国道4号線に出てしまった。途端に交通量が増えて渋々進むことを強いられる。その先仙台までノロノロ走ることは以ての外故、国見から東北道に乗り込み仙台をやり過ごすことにした。

 古川まで一気に突っ走り夕暮れ時にもなったので宿を物色しようと思った時、インターの広場に数台のバイクが集まっていた。ナンバーを見れば地元のライダーと分かる。カワサキの忍者部隊だが平均年齢は高そうな面々だった。よたよたとアカベコから降り立ったのを見てニヤニヤしながら集まってきた。

入水洞 湧き水に手を浸す「地元の人ですよね。どっか近くに良い温泉宿知りませんか?」

いきなり聞いたにもかかわらず親しげに答えてきてくれた。

「ああ、鳴子がええ。あそこのお湯はなかなかいい気持ンだ。だけンど鳴子まで行くとでかいホテルばかりンだから、ちょと前のカワタンベ温泉がええンど。」

「カワタンベ温泉ですか?」

「そ、川を渡ると書いてカワタンベ!」

「は、はあ、じゃそこに泊まります。どうもありがとう。」

丁寧にお礼を言って走り出したが、ミラーで後ろを見ると勢揃いして手を振ってくれていたので慌ててペコリと頭を下げた拍子にヘルメットの重みが首にかかってピキーンという音ともに首筋に鋭い痛みが走った。痛みを堪えながら走ること30分ほどで川渡と書いてカワタビと読む温泉に着いた。最初はちょっと古めかしい大きな宿の玄関をくぐった。

「一人ですが泊まれますか?」

「ええっ、泊まりですかあ・・。ちょっと待ってえ・・。」

と、おばさんが奥に入ったきりしばらく出てこなかったのだが、やがて現れるなり、

「食事はもうでませんよお。いいですかあ。」

「ええっ!それは困る。」

「じゃあ、他を当たって下さい。」

「はあ、そうします。」

この宿はもったいないことをしたものだ。こんな上客を逃したのだから。やむを得ずちょっと走ってわりととこぢんまりとした宿が目に留まった。今度は中の人影がこっちを客と確認するやいなや転がるように玄関まで出てきて、

「ようこそいらっしゃいました。お泊まりですね。はい、どうぞどうぞ。」

前の宿とは雲泥の差のもてなしであった。この宿はいずれ大きく繁盛するであろう。

 その宿の温泉がまた強烈な湯だった。ことわり書きに決して長風呂はしないでください、必ず湯あたりします。飲まないで下さい、舌がしびれます。と、何だか危ない温泉のようだが要は源泉の湯をそのまま湯船に入れているので成分が濃いのだそうな。確かに52度というお湯は水でうめないととても入れたものではない。透明に見える湯をかき回すと湯ノ花が満開になって真っ白になってしまう。PH2.8というから殆ど希硫酸だったのかもしれない。試しに口に含むとあまりの酸っぱさで舌がビロビロと震えてしまった。外に出ても辺鄙な温泉街、誰一人人影は見えず真っ暗な路地裏に犬の鳴き声が響いていた。カラコロ小さな下駄を巨大な一尺の足に引っかけ歩くうちに何となく寂しくなり街外れで踵を返してしまった。

時間はまだ八時そそくさと布団に潜り込んだが、眠れそうにないと思いつついつの間にか寝てしまった。

<4.おにこうべ>

 早朝まだ朝靄が漂う川面を横目に走り出した。栗駒の山裾を通るR108は仙秋サンラインと名があるとおり日の光を浴びて輝く照葉樹の茂る森が広がっている。アカガシ、シラカシ、ウラジロガシなどの木々があるかと思えば、ブナやミズナラなどの姿が見える。他にも数多くの樹種があり秋の紅葉の時期の艶やかさが目に浮かぶようだ。

 鬼首峠を越す頃幾つものトンネルを通った。片倉森トンネルや丸森トンネルとだけではどこでも付ける名前だが、此処のトンネルにはサブネームが着いていた。「であいのトンネル」「やすらぎのトンネル」「こもれびのトンネル」「かがやきのトンネル」とそれぞれに言葉のふくらみを持たせていたのである。トンネルを只道路の一施設としないでそれぞれに何らかの意味合いを持たせることでなんとなく地域の人のぬくもりを感じてしまった。町名でもそうだが第一、第二とか一丁目2丁目何番地とかいう無機質な地名にはなんとも味気なさを感じるものだが、このようなぬくもりのある意味合いのある地名や施設名には何人も親しみを抱くのではないだろうか。地名や施設名はそこに住む人利用する人のためにあるものであって、郵便屋さんの配達しやすいだけにとか役所が登録しやすいだけにあるものではない。

 鬼首峠を下って麓に降りたとき、案の定雄勝町の入り口に大きな看板がしつらえてあった。

「小野小町の故郷雄勝町へようこそ」

<5.よこて>

 去年の秋横手インターのそばに「ばるーが」という名前の面白い蕎麦屋があった。最初その名前の珍妙さに引かれて入ったのだが、一見喫茶店風陶器店風洋菓子屋さん風蕎麦屋だった。そしてほぼ一年後に立ち寄ったら名前に「ばるーが亭」と「亭」の文字がついていた。ひょっとしてと入ったら案の定店の経営者が変わっていて焼き肉屋になってしまっていた。当然以前懸かっていたなかなかの絵も陳列してあった秋田東山焼きの陶器も一切無くなっており寂しい思いをしたが、注文した料理の味にも寂しい思いをしてしまった。

 横手に限らず地方の町の夜は早い。不夜城と呼べるのは東京や大阪、横浜辺りの繁華街だけなのであろう。夜七時ともなるとあちこちの商店はシャッターを下ろし人影も疎らになり、夜の街には赤い提灯とコンビニの灯りだけになってしまう。酒の飲めない私にとって地方の夜の街ほど苦難を強いられる。空きっ腹を抱えて食事だけのできる店を探すのは至難の技といえよう。最終的にはコンビニ弁当で済ませてしまう哀しい姿がそこにある。

<6.くりこま>

 東成瀬村から走り込んだ栗駒高原はほんのり秋の色が感じられた。焼石岳を横目に栗駒山を目指すと鳴瀬川沿いの道を登ることになる。美しい沢の流れに寄り添うように走ること数十分で山肌に纏わり付くような曲がりくねった道になった。ブナやミズナラの広葉樹が秋の落葉に向けての準備に勤しんでいるように見える。峠に近づくにつれ頬に触れる風に涼やかな森の香りが感じられる。大きなカーブを曲がりきったところで路傍に小さな祠のような物が目に入った。看板には「仙人水」と書いてあり「この水の温度は常に6度です」とある。ほんまかいなとバイクを止めてチョロチョロ流れる水に手を入れると「チベテッ!」と思わず口走ってしまった。確かに冷たい水が迸っている。見回すと山の斜面にガレ場のようなところが見受けられ火山性造山運動でできたらしい岩肌や褶曲が見られる。ということは風穴があるのかもしれない。風穴は隙間の多い岩山やガレ場に見られる。地中にしみ込んだ地下水が冬の間に凍り、夏場には山上の隙間から入り込んだ空気が凍った地下水に冷やされて山裾の岩の透き間から吹き出るところをいうのだが、冷たい風が出る代わりに融けだした冷たい水が出ているのが仙人水なのだろう。ペットボトルに半分ほどあったフランス産のミネラルウオーターをさっさと捨て、仙人水をいっぱいに詰めた。あっという間に結露してポタポタと滴が垂れる。口に含むと冷たい爽やかな甘露水が心地よく喉元を過ぎてゆく。自販機で買う清涼飲料水なんか足許にも及ばない日本の天然水である。私としては各地でいろんな湧き水を飲んできたが、冷たさでは今のところ一番だと思われる。しかもかなり軟水の味わいがあった。日本の水はだいたいが軟水なのだが、富山県の庄川の支流利賀川をちょっと遡った脇谷の路傍に湧き出る水は水量が多い上にかなりの硬水で旨い水だと思う。この仙人水に似た味わいの水は九州の阿蘇山の伏流水を高森町の井戸で飲んだときに経験した。利賀の脇谷の水に似た味わいは岩手県の龍泉洞の水や前述の入水洞の洞窟内に湧き出る水のそれに近い。最近深層海洋水なる物が注目を浴びているが、わざわざ深海から汲み上げてイオン交換膜で逆に塩分を除去して高いコストをかけなくても、鍾乳洞に湧く水をそのまま飲んでいれば同じなのではないだろうか。元を糺せば鍾乳洞のある石灰質の山は元々海の底にあって古代の海洋生物が堆積したものであるから融けだしているものは同じではないか。ただ、その海の底がもっこり盛り上がって地上に出ただけではあるまいか。後は塩っぱいか塩っぱくないかの違いで塩っぱくない方が飲みやすいに決まっている。これって短絡的な解釈だろうか。

 栗駒山頂のレストランで昼食をとり再びアカベコに跨ろうとしたとき、駐車場の中にBMWのOHVの姿が見えた。声をかけようと近づくと練馬ナンバーだった。話せば彼もみちのくをあちこち走っているとのこと。東京での再会を約束しメールアドレスの交換をして別れたが、いずれの行く手にも雨雲が重たく垂れている様子が見て取れた。栗駒を下るにつれて空模様は一段とあやしさを増した。鳴子まで下ったときにはもう合羽を着ることを余儀なくされ、帰路の500キロは水煙の中ひたすら忍耐の走りを強いられた。OHVの彼はもう一泊すると言っていたが、帰ってからメールを確認するとやはり雨を嫌って同じ時にずぶぬれで帰ったようだ。

 なぜかみちのくを走るときは必ず雨に遭う。いや、みちのくに限らずアカベコで走るときは必ずといっていいほどだ。一度でいいから乾いたきれいな体でツーリングをしてみたいと切に願う雨男であった。

ベベパパとは?答えは4ページ前を!

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