あかべこ日記番外編 ちゅるりん顛末記


あかべこ日記番外編 ちゅるりん顛末記
「ハーレー・ボッテー転車の意地」


平成十四年正月 ベベパパこと森 雲遊記す


<都を発つ>

 2002年正月2日は朝から強い寒気のために冷え込んでいた。昼間は日差しが暖かさを提供してくれてはいたが、日陰に入るとひんやりして吹く風は冷たく肌を刺す。京都の西南にある善峰寺という通称松の寺の五葉松を愛でようと姪とタンデムであかべこを走らせた。女の子とはいえ巨乳巨尻巨体故巨人二人の乗る巨大バイクは小さく見えただろう。新年参賀でごった返す都路を避けて亀岡にまわり、府道という名ばかりの保津川沿いの林道を悪戦苦闘の末走破してくたくたに疲れてしまった。冷え切った体を炬燵の中に突っ込んで夕刻から3時間ほど深い眠りに落ち、目覚めた夜8時頃、天気予報では日本列島に大寒波の襲来を知らせていた。

「雪が降る前に帰る。3時間もあれば浜松あたりまで行けるだろうし、雪もないだろうから。」と、今思えば全く無謀な決断をしてしまった。そそくさと巨大アルミ岡持三点セットを取り付け、夕冷えのする京都の小路を駆けだしていった。

 名神高速道路は当然関ヶ原あたりで雪だろうからと、琵琶湖の南端から信楽に入り、狭い422号国道をひたすら上野の西名阪道路を目指す。道路端の気温表示はマイナス5度を示していた。路面凍結さえしていなければ大丈夫とかなりの高速で駆け抜ける。伊賀上野のSAでキツネうどんを食しながら気象情報をテレビで見ていると、今にも東海地方に雪雲が襲いかからんとしていた。雪が降る前に名古屋を抜けねばと慌てて走りだしたのだが、亀山で東名阪が雪のため通行止めになっているのを見て厭な予感がした。1号線に入り、更に南の23号線に入って長良川にかかる揖斐長良大橋の手前から大渋滞が始まり、それからの苦難の道を予告していたのだった。

吉野家で 雪ダルマのアカベコ 

<そして途方に暮れて>

 橋の上は圧雪路でつるつるに凍っていた。のろのろ走る四輪車の後ろを半クラッチで進むが、その時はまだ転倒の「コツ」を分かっていなかった。とにかくブレーキだけはかけてはいけないと念じて進むのだが、如何せん前車がブレーキランプを点灯した。

「うわー、止まるな、止まるな、転けるよお〜!」

・・・ちゅるん! ボテッ!・・・

転けるのを予感したので、後輪が滑って横に流れた瞬間ステップを蹴って右側に飛び退いた。それでもハンドルを持ったまま緩やかに接地させたので、どこかが折れることは避けられたようだ。虚しくグルグルと後輪を回したまま横たわるあかべこを見て、まわりからぞろぞろと四輪のドライバーが集まってきた。

「起こそうか? 手伝おうか?」

「はい、ありがとう、お願いしま〜す。」

3人でうんこらしょと起こすのだが、踏ん張る足下の方がちゅるんちゅるん滑る。視界の端っこで手伝おうと駆け寄る人影がすって〜んと転けるのを確認したが、今はバイクを起こす方が先決だった。

「バイクだと大変だねえ、この先ずーっと凍ってるから気をつけてね。」

「はい、でも、そっちもノーマルタイヤで大丈夫?」

「さあね・・・・・??」

橋の先の方では暴走族がうわんうわんうわんうわんうわわわわわ〜〜んとアクセルを煽っている音が聞こえる。たぶん彼らも滑っているのだろう。アクセルを煽れば余計に滑るのだけど・・・。

 ほんの100メートルほど行くのにかなりの時間を費やしてしまった。橋を渡り終える所は長島町という長良川と木曽川に挟まれた中州で、長島温泉がある。車の通る路面は圧雪路になっているものの、それ以外の場所は30センチほどの深い積雪になっているのだ。どこにも行けやしない。暴走族連中が避難している路肩を通り過ぎて少し先の道端の深い雪の中に乗り入れた。ちょうど公衆トイレの前まで来て、

・・・ちゅるりん、どてっ!・・・

今度は一人ぼっちで起こさねばならない。だが、深い積雪とヘッポコ製アルミ巨大サイドケースのお陰でやや斜めに傾いだ状態で転けている。ハンドルとケースの取り付けパイプを握ってうんこらしょと起こすと意外と簡単に起きてしまった。

「今、長島にいんねん。雪で動けへ〜ん。どないしょう・・・」

「そやから急いで帰らんでもええっちゅうたやんか。あほやなあ。どないすんの?戻ってこられへんの?」

「そんなん、無理や、前にも後ろにも行けへんわ。二進も三進も行けへんっちゅうのんはこのことやなあ・・。」

「そやからおにぎり作ったげよってゆうたやろ?食べるもんどないするのん?」

「一食ぐらい食べんでも大丈夫やわい。何とかするわ。」

姉に電話したものの、何の助けにもならなかった。

 思い切ってもう少し進んで自販機か何かあるところまで行こうとそろそろと両足を橇のように滑らしながら走り出した。すると、100メートルほど行った所で「吉野家」の黄色い看板が目に留まった。これでなんとか食いつなぐ事ができる。真っ暗な空から白い牡丹雪が団体で落ちてくる。視界が白く隠れる。風が手伝って横に白い奔流となる。即ち猛吹雪の図と相成った訳である。

「いやあ、すごい事になっちゃったねえ。牛丼並一つね。」

とりあえず店に入った以上何か注文しなければと云ったものの、極度の緊張からかあまり食欲はない。いざ口元にもってくるとオエッ・・・とさっき食べたキツネうどんが逆流しそうになってしまった。何とか押さえ込んで牛丼を平らげたものの、それからどうすることもできやしない。ただ、ぼんやりと窓の外の白い景色を眺めていた。

と、道の反対側に24時間営業のレストランと天然温泉のネオンサインが見えた。とりあえず夜を明かすのに牛丼の匂いに包まれたままでは厭なので、その天然温泉に入ることにした。

「ここにバイクを置かせてね。ちょっと温泉に入ってきます。」

凍った道の上で数珠繋ぎになっている車の間をすり抜けて反対側に渡り、店内に入るとそこは避難民でごった返すゲームセンターを兼ねた食堂だった。500円払って浴場に入ると表の喧噪はどこへやら、湯煙に霞む穏やかな温泉が湧き出ていた。露天風呂に入ると熱めの湯で体は火照るが頭には白く雪が積もってしまう。熱めの湯、温めの湯、檜風呂、サウナ、露天風呂と転々と浴槽を渡り歩いて居たが、1時間も湯に出入りしていたら茹で上がってしまった。堪らなくなって風呂から上がり店内に戻ったが、食堂にしか居場所がない。まだ胃袋が満杯状態のまま天ぷらうどんを啜り込み、そのままうとうと眠ろうとすると店員がとんとんと肩を叩き、

「すんません、ここは食べるところなんで寝ないで下さい。」

こんな非常事態なのに堅いことを云う不届きなヤツだと憤慨するものの、次々と訪れる避難民に押し出されてしまった。再び吉野家に戻りムッと込み上げるものを押さえつつぼんやりと途方に暮れ、やがて黎明を迎えてしまった。朝になって牛丼はこりごりなので焼き魚定食を注文したが、最早食欲は完全に失せていた。

 朝9時頃になり太陽が雪を溶かしてくれるのを期待して、徐に出立しようとあかべこに向かった。が、そこにあるのは堆く積もった雪に覆われた白い雪だるまだった。吹き溜まりでは軽く40センチ近い積雪で、エンジンの出っ張り部分まで雪に覆われていた。ずりずり滑りながらも何とか深い雪を掻き分け圧雪のコチコチ路面まで這い出してみたものの、木曽川大橋を渡った所で、ふたたび、ちゅるりん、どてっ!・・・と、相成ってしまった。今度はチッと舌打ちしながらも軽々とひょいと抱き起こし、路肩に押しやってセンタースタンドを掛けると、その上に跨って両足をエンジンガードに乗せ、ヘルメットを被ったままトップケースを枕にふて寝をしてしまった。もう、どうにでもなれっ!こんちくしょう!・・・という気分だ。

うとうとしながら結局、昼頃まで立ち往生したのだった。

どうにでもなれっ! こんちくしょう! 

<ハーレー・ボッテーとの出会い>

 あかべこの上で目覚め、何気なくのろのろと通り過ぎる車の列を見ていると巨大な荷物で過積載のハーレーがよたよたと走ってきた。そして目の前でよろめいたと思うと、ぐわっしゃ〜ん!と、ものの見事に転けてしまった。

「ははは、やったやった、やっぱりねえ、無理だよ、こんな雪じゃあ。」

と、半分笑いながら駆け寄りその巨大なハーレーを起こす手助けをした。ライダーは左足を車体に挟まれて身動きできなかったので、周りからも数人のドライバーが降りてきて手伝ったのだが、起こしたもののそこから先は進む気力も失せ、あかべこの前の路肩に寄せてしまった。見ればフルカウルのでかいハーレーにテントやシュラーフなど満載しており、聞けば前夜広島から丸一日かけて走ってきたらしい。こんな雪になろうとは夢にも思わなかったと云うが、東海地方では41年ぶりの大雪なので誰も夢にも思う筈がない。

「いやあ、助かりました。何せ一人じゃ起こせないんで、これまで何度もいろいろ助けられたんです。もう、いつも助けられてばっかりいるんですよ。」

と、照
れ笑うライダーの顔は30歳ぐらいに見えたのだが、後で聞けば若干23歳というではないか。つまりは前日タンデムで京都の林道を走った姪と同い歳であり、50歳である自分の息子と云ってもおかしくないのだ。それでいて、どちらも馬鹿でかいバイクに乗る者同士、あまり年齢差を感じないのは不思議なものだ。

「千葉まで帰るんですけど、これじゃあ当分走れませんねえ。」

と、途方に暮れ
る若者に付き合って50歳の中年オヤジもただぼんやりするしか手だてはなかった。

 若者は徐にハーレーのサイドケースを開けた。中にはペットボトルの水やオイル、ガスバーナーやコッヘルなどキャンプ用品がぎっしり詰まっていた。よく見ればトップケースとテントの間にガソリンの予備タンクが積んである。重装備のツーリングで、この3日ほどは毎食インスタントラーメンしか食していないとのこと。で、何やらしこしことガスバーナーを弄くって火を起こそうとしているのだが、なかなか思うように火がついてくれない。どうやらコーヒーを入れようとしているらしい。

「コーヒーが飲みたいんなら、あそこに自販機があるよ。」

「はあ? 何だ、そんなのがあったんですか。いやあ、助けてもらったお礼にコーヒー入れようとしたんですけど、なかなか火がつかなくって・・・」

結局、がちゃぽんと缶コーヒーを買ってライダー二人がぼんやり雪の中に佇んでいた。

 時折太陽が顔を覗かせるものの、固く踏み固められた雪氷はなかなか融けない。周りに積もった雪は気温の上昇と共にべちゃべちゃになってくる。群れなすトラックや乗用車の中に3台のバイクが目の前を通過していった。いずれも小型のオフ車だったが、雪上走行をしている緊張の色がありありと見える。中の1台のライダーは引きつった笑顔と瞬間的なVサインを見せてヨタヨタ走り過ぎていった。昼過ぎまで待って轍に舗装路面が見えだした頃、

「そろそろ行こうか、あの轍を外さないように走れば大丈夫じゃないの?」

不安げな若者を促すようにして、あかべこを先に走らせた。走り出して先の路面を見遣ると、舗装面が見えているのは一部で、まだまだ固い雪氷が凸凹になって続いていた。そんなときはアクセルを決して煽らず一定にしたままハンドルをしっかり真っ直ぐに保ってややお尻を浮かしてニーグリップするのが転けずに走れるコツだと、この数時間で体得した技である。後ろの方で、どろんどっどっどっどずんどこどっとずんどこどっととハーレー特有の不定間隔の野太いエグゾースト音が聞こえる。100mほど走ったところで、ずんどこどっとずんどこどこどこどどどどどどどぶららららら〜ん!

・・・あっ、転けたな・・・と、振り返ると案の定ものの見事に雪を枕に寝っ転がっていた。サイドスタンドでそろりとあかべこを停め、ちゅるちゅる滑る雪道の上をえっほえっほと駆け寄ると、またもや若者は足を挟まれて身動きできずにいた。後続の車からわらわらと人が集まり、沢山の手でハーレーを起こす。あかべこが転けてもこんなに人が集まらなかったのにと少々僻みながらも、

「おいおい、今度転けるときは挟まれないようにしなよ。」と、口では云いながら、「ちょっと学習能力が足らないんじゃないの」というセリフを喉の奥に飲み込んだ。本人はどうやらそんな自分の姿を歯がゆく思っているらしく、転けた時にはタンクバッグを思い切り投げつけていたようだ。それから、またしばらく走ってちょくちょくバックミラーを見ていると、丸い鏡の世界の中で盛大な転倒劇を演じていた。そして、決まってぽ〜んとバッグが宙を飛ぶ姿が窺えたのである。その度に、道端にあかべこを寄せて停め、えっさほいさと駆け寄るのだが、4度目あたりからちゃんと学習したらしく転けても車体に挟まれずに横に立っていた。うん、偉いエライ。

「もう、恥ずかしくって、全身汗まみれですよお。もう、何回転けたのか分からなくなっちゃいました。」

「どうする? ここから走ってもこの先まだまだ転けるだろうから、ちょっと休むか?」

庄内川の橋の手前に来たところで完全に停滞しているのを見て、ひとまずコンビニの前で休むことにした。1号線や名阪高速道路、名古屋高速道路も通行止めになっているため、一番南を走る23号線に集中してくるらしい。道路は完全に麻痺状態だった。温かい肉まんにかぶりつきながら眺めていると、今度は見るからに真新しいオンロード車がやってきた。ホンダのXXブラックバードだが、タイヤは殆どスリックに近いはずだ。それにカワサキのGPZやホンダCBRが繋がる車の間をすり抜けて走りすぎていった。30分ほど経って少し車の列に動きが見えたので、いざ出陣と相成った。庄内川を渡ると名古屋市内になり、車線も増えて走りやすいはずだ。2台の馬鹿でかいバイクはのろのろ動く車の列に割り込んで進んでいった。そして、庄内川の橋の上で何やら見覚えのあるホンダXXが立ち往生しているのを発見した。傍にバイクを停めて歩み寄ると、ライダーは、

「ここで転けちゃいました。そしたら動かなくなったんで、今JAFを呼んでるんです。」

見れば右のブレーキレバーが折れて無くなっている。セルを回しても虚しいカチカチカチカチという音がするだけでエンジンの鼓動は吹き返しそうにない。すると、先に行っていたGPZの若者が戻ってきた。彼らも転けモン同士助け合いながら道中を続けていたらしい。

「あと100mほどで雪は無くなりますよ。道も広くなりますから、どうぞ行って下さい。」

こういう非常事態ではライダー同士の連帯感は素晴らしいものがある。転けモン同士の助け合いはもちろん、先々の情報交換もすすんで行うのだ。

「分かった。じゃあ、気をつけてね、お先に。」

ハーレーの若者と先に進んだのだが、100m程進んで交差点を渡ったところでミラーの中からハーレーの姿が消えてしまった。また、転けたのかいなと、50mほどえっほえっほと駆け戻ると何やらもたもたよたよたとよろめきながら来るハーレーの姿が見えた。

「おーい、あと少しで雪がなくなるぞーっ!がんばれえーっ!」

ずんどこずんどこどっとこずんどこどどどこどどどど・・・ぐわ〜ん・・・ぽ〜ん・・・最後の最後にまた転けてしまった。そしてバッグをぶん投げると、「もう、オレいやだ、もう・・・」

こっちもいやだよ、起こす度に腰が痛くなるんだから。結局、十指に余る転倒劇を演じた若者は、その後もあかべこの後を付いてくることになった。

 ハーレー・ボッテー また転けた

<食いまくる男>

 どうやら一番雪の激しく降り積もる場所を通ってきたようだ。名古屋市内から23号を蒲郡まで爆走したが、ハーレーの最後の転倒現場からは殆ど雪の無い道ばかりだった。

「どうする? ボクは暗くなると道が見えなくなるんで、蒲郡あたりのビジネスホテルに泊まろうと思うんだけど・・・。」

「はっ、自分も一緒に泊まりたいっす。付いて行きます。」

と、その日は蒲郡泊まりと結論が出て、1ヶ月ほど前に利用したホテルに飛び込んだ。

「すみませ〜ん、正月のこんな日に二人泊まれますかぁ?」

「はい、いいですよ。・・・ああ、おたく覚えてますよ、でっかいビーエムの人でしたよね。」

すっかり覚えられてしまった。前も疲れ切ってへろへろよれよれになった風体で飛び込んできたのだから、今回も同じような状況、風体、人相、大荷物なのだ。そして連れの若者も大荷物抱えてへろへろ状態でやってきた。

「ちょっと休んでから食べに行こうね。」

と、部屋に入るなり、ばったんとベッドに倒れ込むとあっという間に意識が奈落の底に沈んでいった。そして気が付いたときは1時間半経っていた。若者が腹を減らしているだろうと、部屋をノックすると、

「いやあ、久しぶりに風呂に入りましたよ。ありがたかったです。ホント、付いてきてよかったあ。あのまま一人でいたら、またどっかで雪道に迷い込んで転けまくっていましたよ。助かったあ。」と、いたく感激していた。寒風の中、二人は焼き肉屋を目指した。正月だから開いている店が限られている。まして蒲郡の街では尚更だった。店内に入ると家族連れでごった返していた。おせち料理に飽きたのかもしれない。まだ2日なのにと思ったが、意外と早く順番が来て席に着くと、若者はメニューの品を片っ端から注文し始めた。テーブルの上いっぱいに皿が並ぶ。それらを片っ端から焼く・食う・焼く・食べる・焼く・食す・焼く・頬張る・焼く・食らう、殆ど会話をする余裕なくひたすら食べまくった。最後の方で石焼きビビンバを平らげた若者は、「いやあ、旨くて感動してます。なにしろこの3日間インスタントのラーメンばっか食ってたもんで、もう一つ石焼きビビンバ食ってもいいっすか?もっと肉注文しましょうか?」と、またまたテーブルいっぱいの皿を並べてしまい、ひたすら焼き続けるおじさんの前で次々と皿を空にしていった。自分自身昔から大食いで名を馳せたものだが、目の前の若者はまさにフードファイターと言っても過言ではないような気がした。

「割り勘にしようね、半分っこで。」

半分では割に合わないかなとも思ったが、安い店で助かった。

 

<旅は道連れ>

 「7時には起きてるよ。歳とると朝早いんだ。」と、言い残して部屋に戻りベッドに潜り込んだ。そして目覚めると朝9時だった。

「なんだ、まだ寝てたんすかぁ? 起こせばよかったですねぇ。もう何時でも出発できますよ。」

寝ぼけ眼を擦りつつ大あくびを連発しながら蒲郡の街に乗り出した。前日とはうって変わって快晴である。

「ウナギの旨い店があるから、そこに行こうか?」

まずは豊橋の外れにある新所原という駅の構内にある鰻屋に向かった。例によって国道の渋滞を見つけようものなら、すぐさま裏街道をちょこまかと駆け巡って、ちゃんと目的地に到達する芸当を若者に見せつけてやった。

「すっごい!よくこんな道知ってますねえ。」

実のところ殆ど当てずっぽうで走っている。大体太陽が出ていれば、時間と影で方向を見定めて、本能的に目的地に到達できるものなのだ。だから、曇っていたり雨に降られて太陽が拝めないとこの芸当はできない。まして夜なんかは近視・乱視・老眼・飛蚊症・鳥目・やや網膜剥離気味の奥目で何も見えない。

 新所原の駅にたどり着くと、そこにはシャッターの下りた人気のない店があった。

「あっちゃー、休みかよ。じゃあ、次行こう。」

結局、鷲津、湖東、浜松の市中引き回しの末、店を開けていた浜松西インターのすぐ傍で特大鰻重にありついた。

 前夜に続いて贅沢に胃袋を満たした後は、ただひたすら空いた一般国道を走り続けた。150号を御前崎周りで行き、大井川から先が詰まりだしたと見るやすぐさま川沿いを遡って1号線に移り、静清バイパスを快適に駆け抜けて富士川の道の駅まで一気に走った。高速道路を見遣ると延々と数珠繋がりの車の列が続いている。表示の仕方も不親切なものだ。細切れに10キロ、20キロと渋滞情報を表示しているが、要は名古屋から東京まで全部繋がっているのだ。全線渋滞と分かれば高い料金払わずとも数多ある脇道裏道獣道をのんびりと休み休み走って行けるのに、とちょっと優越感に浸っていた。

「いやあ、ホント付いてきてよかったっす。それに何度も助けてもらってありがたかったです。」

「だってさあ、あの雪の中であんなに見事に転けるんだもん、見捨てる訳にはいかないやね。それに、こっちもデカイから転けたとき起こすの大変だし、連れだって走っていればどっちかが手助けできるもんね。お互い様だよ。ところで、このハーレーの本名は何て云うの?」

「えっ? ああ、エレクトラグライド・クラシック、FLHTCです。」

「長い名前やなあ、覚えられへんわ。ま、ボクの中ではよう転けるハーレーっちゅうことで、ハーレー・ボッテーって名付けるわな。で、あんたはハレ・ボテ兄ちゃんや。」

軽い話題で笑い合った二人は、富士で別れることにした。突如降り積もった雪の中、転けモン同士で知り合い、助け合って旅をしてきた仲だ。親子といえる年齢差があるものの、ライダー同士の連帯感は年齢という垣根を飛び越してしまう。一宿一飯の義理ではないが、どことなく深い友情を感じた2日間だった。

「じゃ、またどっかで会おう。」

確証のない別れの挨拶だが、いつかどこかで出会えるものだ。バイクの旅はそんな夢を見させてくれる。各地の風物との出会い、そこに住む人々との出会い、それらはその場を動かないものに会いに行くという確実性がある。だが、ライダー同士の出会いは互いに動いている者同士の出会い故、確率はかなり低いといえる。それだけに、いつかどこかで出会うときの感動は大きい筈だ。雪の中を歩き回ったからだろう、何度も無くしては偶然に見つけてきたブーツの先のトウ・スライダーという履物付属品はもうどこかにいってしまった。


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